強盛大国樹立目的の再南侵核戦争 

   〇動画・Nuclear War: Atomic Explosions. Hydrogen Bombs.


 笑って人を殺す祖父の金成柱に似ている金正恩が朝鮮人民軍最高司令官になった。
 三代世襲軍政を放置すれば、金成柱の遺訓・再南侵核戦争が必ず勃発する。
  

 過去を知れば現在が見える。現在を見極めれば未来が見える。
 北軍政の頭脳・手足の役割を担う朝鮮総連らが日韓で再南侵工作を実行し、北軍政を支援する限り、北軍政は永遠に消滅しない。米軍の沖縄基地も消滅しない。アジアに平和は永遠に訪れない。
 日本の中の北軍政の分身・朝鮮総連らを一掃しなければ、最悪の終末惨劇が惹き起こされる。
 だが朝鮮総連らが消滅すれば、北軍政も消滅する。
 韓半島の南北平和統一が実現し、拉致犠牲者全員の南北自由往来が可能になる。 
  
 ○拉致犠牲者全員の救出策とは。
 ①最も身近な北軍政の分身・朝鮮総連らを一掃する日本政府の政治決断である。
 ②そして、次に1947年に決議していた国連の南北平和統一履行である。


 1.モスクワ協定の信託統治による朝鮮臨時政府樹立案
  ①米ソ共同委員会構成
  ②朝鮮の民主主義的諸政党と社会団体とが協議して政府樹立を提案
  ③予備会談:1946.1.16~2.5
  ④第一次会談:1946.3.20~5.7 第二次会談:1947.5.21~10.21
  ⑤民主主義臨時朝鮮政府樹立
  ⑥信託統治に関して協議
  ⑦米ソ信託統治軍は、朝鮮から撤退
  ⑧朝鮮の自主独立(南北統一)政府樹立


2.モスクワ協定による朝鮮の臨時政府樹立策
 上記の朝鮮臨時政府樹立を図る予備会談、第一次・第二次の会談は、協議対象の政党と社会団体 の範囲と資格問題を口実にしたソ連の南北分断固定化工作により米ソが対立。米ソ共同委員会は、1947年10月18日の本会議で完全決裂した。
 その結果、モスクワ協定で合意した南北朝鮮の臨時統一政府樹立策は霧散し、朝鮮の南北分断は固定化した。ちなみに東欧諸国を共産圏に統合したスターリンは、北東アジアの共産化を目論み、先ず韓半島の以北を東側共産圏の衛星国、即ち東側の最前線基地国家にし、傀儡の金成柱を「朝鮮の伝説抗日英雄・金日成将軍」に仕立て祭り上げ、南朝鮮(韓国)と日本に侵攻する秘密戦略を練り上げ実行した。(この南侵秘話は書籍「拉致と朝鮮総連」に記載されている)


3.国連の南北統一政府樹立決議
 モスクワ協定による米ソ共同委員会の決裂後の1947年9月17日、米国は朝鮮の統一政府樹立問題を国連に上程した。国連政治委員会は1947年10月28日から朝鮮問題の審議を開始した。ソ連の激しい反発があったが「本来、朝鮮は一つの民族と国土である事実」を認知していた国連加盟国は、1947年11月14日の国連総会で「国連の朝鮮臨時委員団の設置と朝鮮の総選挙(朝鮮の南北統一政府樹立政策)実施に関する決議」を採択した。


4.国連の南北統一政府樹立決議の骨子
 「国連の朝鮮臨時委員団の設置と朝鮮の総選挙(朝鮮の南北統一政府樹立政策)実施に関する決議」の骨子は「1948年3月までに南北総選挙を実施して南北統一政府を樹立し、米ソ信託統治軍は韓半島から速やかに撤退し、南北朝鮮の自主独立を承認する」という画期的な決議であった。


5.国連朝鮮臨時委員団の北朝鮮入国拒否は、侵略犯罪
 国連決議による「南北総選挙を実施する国連朝鮮臨時委員団」の北朝鮮入国をソ連信託統治軍が拒否したことから、国連加盟国の努力と南北統一政府樹立決議は霧散した。
 ①ソ連軍は、国連決議と南北のコリアンの民意に反し、朝鮮系ソ連軍人で構成した「祖国統一民主主義統一戦線」が主導する各政党および社会団体代表を構成された「朝鮮臨時憲法制定委員会」を、何と国連決議の四日後の1947年11月18日に組織し、国連朝鮮臨時委員団の北朝鮮入国を拒否する卑劣な工作を実行した。
 ②北朝鮮政府樹立前の1948年2月8日に朝鮮人民軍(ソ連軍の占領隠蔽工作)を創軍。
 ③1948年4月に「憲法草案」を採択。
 ④1948年8月25日に最高人民会議の代議員選挙実施(単一候補の賛否投票方式)。
 ⑤1948年9月8日に内閣構成。
 ⑥1948年9月9日に北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)政府樹立。
 ⑦信託統治期限の1950年6月25日に南侵(韓国侵略)戦争決行。
 ⑧スターリン死後の1953年7月27日に休戦。
 ⑨1953年の休戦後から今日まで221件の再南侵テロを実行。
  

 もし国連決議が遵守履行されていたなら1948年に朝鮮(韓半島)の南北平和統一は実現していた。
 真の光復が成就し北朝鮮の悲劇、南北離散家族の悲劇、拉致犠牲者の悲劇は解消していた。南北の平和統一を阻止して、南北分断を固定化したスターリンと金成柱は、まぎれもなく国際法に違反する侵略犯罪であった。


6.国連朝鮮臨時委員団の韓国入国と国連決議195号
  国連朝鮮臨時委員団は、1948年1月8日にソウルに到着し、活動を開始していた。
  朝鮮問題を放置できないと判断した国連は、
  

  ①1948年2月26日、国連は「韓半島で選挙実施可能な地域での総選挙実施を決定」
  ②1948年5月1日、韓国史上初の総選挙が実施された後、制憲国会構成。
  ③1948年7月17日、韓国の憲法公布。李承晩が初代大統領に選出。
  ④1948年8月15日、大韓民国樹立宣布。
  ⑤1948年10月8日、国連朝鮮臨時委員団が国連総会に最終報告書提出。
  ※報告書には「大韓民国政府は、大韓民国の国民が選出した代表に成立され、同政府
  の機能は徐々に発展している」とし、国連の全加盟国の積極的な協力下で韓国の独立
  と統一が達成できる方法を講究するよう勧告していた。
  ◎この報告書の勧告と1947年11月14日の国連総会で「国連の朝鮮臨時委員団の設
  置と朝鮮の総選挙(朝鮮の南北統一政府樹立政策)実施に関する決議」、今も有効で
  ある。金成柱の息子・金正日の死去後、国連の南北平和統一政府樹立決議が履行さ
  れることを請願するのは、国連のみか全コリアンと全世界市民の民意であると信じる。
  ⑥1948年12月6日、第三次国連総会の政治委員会は大韓民国代表が国連に出席でき
  る招請決議採択。この招請決議により大韓民国政府は、代表団を国連総会に初派遣。
  ⑦1948年12月12日、国連は「大韓民国を韓半島の唯一合法政府として承認する決議
  」の国連総会決議第195号を採択。
  ⑧1949年1月6日に米国、そして世界各国が相次ぎ、大韓民国政府は韓半島の唯一合
  法政府であると承認。


7.南北平和統一実現策
 南北平和統一実現策は、1947年11月14日の国連総会で「国連の朝鮮臨時委員団の設置と朝鮮の総選挙(朝鮮の南北統一政府樹立政策)実施に関する決議」と1948年12月12日の「大韓民国を韓半島の唯一合法政府として承認する国連決議195号」の遵守履行のみである。朝・韓・日・諸外国・在日コリアン拉致犠牲者全員の解放(救出)と北東アジアの非核化を実現する唯一無二の解決策は、人々の南北自由往来を実現し、戦争の脅威を解消する韓半島の南北自由平和統一以外にないことを自覚したい。
                              鄭 龍 男
断固阻止・北軍政の核ミサイルが米・日で炸裂で誘発する自動報復核大戦
   

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