北朝鮮消滅1
北朝鮮(拉致・核兵器)問題の解決策

 六十五年前、広島・長崎に原爆が落とされ、日本の国民と在日コリアンが被爆した。
 戦後、核兵器保有国は増加し、核兵器は地球を何度も灰にできるほど増産された。

 
  核兵器廃絶の第一歩は、拉致問題の解決である。
 この出発点・原点を無視すれば、核も拉致も永遠に解決しない。

 現実の結果が、すべてを証明している。
 国際社会は、北の核開発阻止の為、拉致犯と交渉し、罪人の要求どおり対北支援を実行した。
 その結果は、金正日に核兵器とミサイルを開発させ、遂に実戦配備させてしまった。
 しかも、核ミサイルの発射とジェット戦闘機の離発着が可能な超巨大・核シェルター地下秘密基地を北朝鮮全土の要衝に建設させた。
 
 金正日は2009年四月に
北朝鮮の憲法を改正し、核戦争を決行できる体制を構築していた

 拉致問題を無視し、核問題だけを課題とする「六カ国協議」の対北外交は、完全に失敗した。
 過去の利権政治・人権侵害外交を継続すれば、必ず終末の惨劇が訪れる。

 米国の16情報機関を統括する国家情報長官に指名されたクラッパー国防次官(情報担当)は20日、上院情報特別委員会の公聴会に提出した答弁書で、北朝鮮が韓国への直接攻撃で、目的を果たそうとする「危険な時代」に入ったと報告していた。

 
 東西軍事大国が拉致問題を無視した成果は、北政権に核戦争決行体制を構築させたことであった。
 
金正日を暴走させたのは国際社会であった。日韓であった。在日コリアンであった。

 アジア最貧国の財政赤字国家に没落した北政権が、自力で生物兵器・化学兵器・核兵器・ミサイルを開発製造し、実戦配備することは不可能であった。
 北政権を延命させ、最終兵器を開発する技術と資金を北政権に献上したのは、中国・ロシア・米国だけでなく、日韓と在日コリアンを含む国際社会の「無原則な対北支援」であった。

 
 日本の常識、世界の常識は、金正日には通用しない。
 
殺戮魔を支援する「テロリストの北政権支援の過ち」を、二度と繰り返してはならない。

 北朝鮮外交の結論を出す時が来た。

 
 ファン・ジャン・ヨップ氏は「金正日は人を殺す事を蚊を殺すのと同じように考えている。
 彼は自分の事しか考えていない。彼は奴隷のように隷属する部下しか必要としない、何も信じない、精神のない武器を信じる。自分を守ってくれるのは武器だけだと、核兵器だけだと考えている。共産主義者の中でマルクス主義者は、暴力主義者である」と語っている。

 元北の軍人は「将軍様が攻撃指令を出せば、いつでも死ぬ覚悟は出来ている。敵国の国民を皆殺しにできる。金正日将軍様は絶対に核兵器を放棄しない。」と語っていた。
 
 日本の北政権支援は、朝鮮総連とスパイ工作船「万景峰号」を通して実行された。
 
日本から「ヒト、モノ、カネ」、そして最先端技術と機器類が北送され、日本攻撃用の核ミサイルが開発され、遂に実戦配備された。
 

 金正日は、一九七十年代から核兵器と準中距離・中距離・長距離ミサイルの開発に狂奔してきた。
 韓半島を飛び越える中距離、長距離ミサイルは、韓国攻撃には必要ない兵器であった。
 
 中距離ミサイル・ノドンは、日本全土殲滅目的で開発された。
 長距離ミサイル・テポドンは、米国向けに開発された。
 
 金正日は「朝鮮人民軍と核心階層」が生き残れる「超巨大な秘密核シェルター基地」を北朝鮮全土に建設した。仮に核戦争が起きれば、被爆犠牲者になるのは、日韓朝と在日の市民である。

 ともあれ拉致問題を放置すれば、世界最初の被爆国日本が、第二の被爆国になる。
 それでも、拉致問題を放置・傍観・黙認するなら、無視するならば、仕方ない。
 北政権の予告どおり「火の海で火だるま」に成るしかない。自業自得である。

 日韓朝の当事者が「北朝鮮問題は解決できない」と「指を加えて傍観」している現状では、拉致問題の解決どころか、核戦争を阻止する術はない。
 
 
人々を拉致して、大量の工作員を日本に上陸させ、北政権を延命させた工作船「万景峰号」再就航のために、朝鮮総連が水面下で蠢いている。日本の親北政治家と親北在日コリアンが暗躍している。

 「拉致犯罪」を無罪放免にし、逆に対北支援を実行した「あやまち」が、北政権に拉致を拡大させ、核兵器を保有させた。
 

 拉致問題を解決しない限り、核問題は永遠に解決しない
 逆に拉致問題を解決すれば、拉致犠牲者全員を解放すれば、すべての北朝鮮問題を解決できる。
 国連が拉致問題の解決を最優先課題にすれば、拉致と核の問題解決の道が開かれる。
 
 北朝鮮の人々が自由と人権を享受できれば、軍事独裁政権が消滅すれば、韓半島の自由平和統一が実現すれば、拉致問題も核問題も自動的に解決する。
 スターリンが作った北朝鮮と云う中国の傀儡国は地球上から消滅する。
  
 
 参考ー金成柱の正体・1

 スターリンが韓半島と日本を占領するため、一九四五年に新組織した東洋人(中国人と朝鮮人)の混成部隊・ソ連極東軍・第八十八特別
旅団の第一大隊の大尉が金成柱(北の故・金日成首席)であった。
 スターリンがソ連占領軍を朝鮮に送った目的は、極東アジア共産主義革命であった。
 金成柱が、金日成将軍に成り済ました目的も、極東アジア共産主義革命実現であった。

 
もし金日成将軍が実在していたなら、一九四五年当時の推定年齢は、六十五歳前後である。
 金成柱は一九一二年生まれで、一九四五年の年齢は三十三歳であった。
 金成柱は、日韓併合の一九一〇年には、生まれてもいなかった。
 金成柱(故・金日成主席)は、日帝三十六年間の英雄・金日成将軍ではないことは明確である。

 だが在日コリアンは、朝鮮総連の韓徳銖が練り上げた「偽装と虚言」に、だまされてしまった。
 金成柱の「金日成将軍成り済まし犯罪」が、すべての不幸を発生させた元凶であった。
 金成柱を「金日成将軍」だと教えた者、信じた者が、北政権首領崇拝者が、拉致・テロ・戦争犯罪者になり、売国奴になり、反逆者になっていた。拉致のみか、核戦争決行の共犯者になっていた。
 
 日朝と国際社会は、在日を「北送拉致犠牲者」にした。
 在日北送拉致犠牲者を人質に取った金成柱は、日本に居る在日を脅し、洗脳し、服従させた。
 金成柱は、在日北送犠牲者を利用して、在日コリアンを操り、北朝鮮人民だけではなく韓国・日本・世界中の人々を騙し、利用してきた。
 金成柱は、世界最悪の詐欺師であった。いや悪魔の化身であった。

 
 ソ連占領軍人・詐欺師・殺人鬼であった金成柱の後継者が、息子のユーラ(金正日)であった。
 もし故金日成主席がソ連占領軍の金成柱であり、「金日成将軍の偽者」だと在日コリアンが最初から知っていたなら、北朝鮮の人民・韓国民・世界の市民が騙される事は無かった。
 在日の北送拉致が成功しなければ、北政権は一九六十年代に崩壊していた。
 本来、韓半島に存在しなかった北朝鮮と云う国家は、消滅していた。

 
 参考ー金成柱の正体・2

 韓国の新聞社「東亜日報」の元社長で、言論人であり、歴史家であります金学俊先生は、「スターリンが金成柱を選択したのであり、それがすべてだった」と語っている。 
 私も「スターリンが、金成柱をスカウトして育て、金日成将軍に偽装させたのであり、それがすべての惨劇の発生源だった。拉致の起源であった」と断言する。

また金学俊先生は「金成柱は、スターリンに対して、歯が浮くような追従を何憚ることなく行った。ソ連が北朝鮮を占領統治した三年の間、金成柱の演説を、ざっと眺めわたしてみると、スターリンへの称賛と、へつらいを除けば、何も言っていないに等しいことが自ずと解り、ほとんど吐き気をもよおすほどである。(中略)スターリンの誕生日の度に、彼の長寿を祈願する北朝鮮民衆の手紙を大量に送る運動、そして北朝鮮女性の刺繍を送る運動を指導したのは、不気味ささえただよう愚行であると思えてならない」と朝日新聞社刊「北朝鮮五十年史金日成王朝の夢と現実」に記されている。

 早い話が「金成柱は、スターリンのご機嫌を取るために、必死で北朝鮮の人民を拉致して、粛清し、洗脳・包摂して奴隷にし、北朝鮮の国家主権を奪った侵略者」であったのである。

 
一九四五年十月十四日、ソ連占領軍が計画した傀儡政権を作る「手始めの行事」であった「ソ連軍歓迎平壌民衆大会」、「金日成将軍歓迎平壌民衆大会」が、北朝鮮の平壌公設運動場で開かれた。
 
ソ連国旗と朝鮮国旗であった太極旗(今の北朝鮮国旗は当時なかった)を掲げた壇上にソ連占領軍の司令官チスチャコフ大将とレベジェフ政治委員、ロマネンコ軍政司令官と伝説の英雄金日成将軍に成り済ましたソ連軍人の金成柱が肩を並べて登壇していた。

 この民衆大会で金成柱が演説する時になると、会場がざわめき始めた。
 会場が騒然とした雰囲気になり、「金日成将軍があんな若造であるはずがない!あの金日成将軍は、偽者だ!
偽者だ!」という怒りの声が、会場から飛びだした。
 集まった群衆は、壇上の金日成が偽者であることを一目で見破ったのである。

 
 人々の声は、偽者に対する糾弾の声に変わり、「金日成将軍歓迎平壌民衆大会」の会場は、パニックになった。
 
 金成柱
は「金日成の偽者である」ことを見破られ、顔面が真っ青、蒼白になり立ちすくんだ。
 この時、群衆の声を抑え、群集を鎮圧したのは、ソ連軍の威嚇射撃であった。
 金成柱を擁護したのは、ソ連占領軍だけであった。北朝鮮の人々は、誰も金成柱を助けなかった。

 金成柱は、その後集会に出ることをためらった。
 だが
「三・一朝鮮独立運動記念大会」に出席しなければ、もし欠席すれば、自ら偽者であることを告白することになる。だから半年後の一九四六年三月一日、朝鮮独立運動記念日の壇上に、金成柱は不安を抑え、怯えながら立った。
 
 しかし、不安は見事に的中した。
群衆の罵声よりも、もっと恐ろしい事件が起きた。
 
会場の群衆が、金成柱に向け、手榴弾を投げたのである。
 警備に着いていたソ連軍人が、手榴弾を拾い上げ、投げ返そうとした時に手榴弾は炸裂した。
 手榴弾を拾い上げたソ連軍人の右腕は、無残に吹き飛ばされた。


 手榴弾は寸前のところで、金成柱に届かなかったのである。
 この手榴弾を投げたのは、政治結社「白衣社」の青年三人であった。
 その場で逮捕され、
シベリア鉄道の貨物列車に乗せられ、ロシアに移送された。
 だが移送の途中で脱出に成功し、日本に逃れ、在日になった。
 その一人が、数年前に他界された。
 

 二度の事件に懲りた金成柱は虚構と虚飾、偽装虚言だけでは、金日成に成り済ませないことを悟り、自分が殺される前に、反抗する者、反発する者全員を抹殺することを決意した。
 
スターリンから伝授された「拉致と粛清と洗脳・包摂の恐怖政治」を即刻、北朝鮮で実行した

そして、スターリンの思惑通り一九四五年十月二十日、ソ連共産党北朝鮮分局・「朝鮮共産党北朝鮮分局」を結成した。(?ソ連極東軍が編成した「祖国統一民主主義戦線」の結成)
 これに対して北朝鮮人民の圧倒的な支持を集めだ晩植先生は、翌十一月三日に「民族の独立、南北の統一、民主主義の確立」の三大綱領を定めた「朝鮮民主党」を結成した。
「朝鮮民主党」は民衆の熱狂的な支持を受け、僅か一ヵ月で党員は五十万人を超える勢いであった。

 事態を重く見たスターリンは翌十二月二十七日、米英両国とモスクワで三国外相会議を行い「モスクワ協定」に調印した。
「モスクワ協定」は、米・英・ソ・中の四ヵ国による五年以内の朝鮮半島信託統治を謳っていた。
 
 「朝鮮民主党」は、信託統治反対の立場を表明した。゙晩植党首は北朝鮮人民の先頭に立ち、侵略者のソ連占領軍と金成柱の植民地政策に反対し、抗議行動を起こした。

 一方、金成柱を責任秘書とする朝鮮共産党北朝鮮分局は、翌一月二日、「モスクワ協定」によるソ連の韓半島以北信託統治、すなわちソ連の北朝鮮占領政策を支持した。
 そして一月五日、「朝鮮民主党」殲滅のため、゙晩植党首を拉致し、平壌刑務所に拘禁した。
 「中央日報」は、一九五〇年六月二十五日以前に、゙晩植党首は銃殺されていたと報道していた。
 金成柱は、ソ連の信託統治に反対する人々を、悉く拉致して、処刑したのである。

 

 植民地政策に反対する人々を
拉致・処刑する犯罪は、紛れもなく侵略犯罪である。
 金成柱(故・金日成首席)は、侵略者であった。英雄の仮面を被った悪魔であった。

 北朝鮮の人民が支持する「朝鮮民主党」の゙晩植党首を拉致して、処刑する犯罪は、北朝鮮の人民を拉致・処刑する犯罪であり、人々の自由と人権を剥脱し民意を迫害殲滅する植民地政策であった。
 北朝鮮を植民地にした金成柱は、まさに侵略者であり、反逆者であり、国賊・売国奴であった
 
 北朝鮮の人々を「拉致・粛清・包摂」した目的は、紛れもなく、北朝鮮の占領であった。
 韓国民・日本人・在日を拉致した目的は、韓国と日本の占領であることは云うに及ばない。
 拉致は「侵略工作」であったことを、知ることが「拉致問題解決の一歩」である。

 食糧不足で人々を餓死させている北政権が、日本人を拉致して帰さないのは、
北の工作員を日本人に偽装させ、日韓の各界各層に潜入させるためであった。
 日本人に成り済ました北の秘密工作員が、日韓の各界各層に潜入して、今も暗躍している。
 この現実を改善しない限り、拉致問題解決の進展は望めない。

 ソ連スターリンの恐怖政治「拉致と粛清と洗脳」の侵略工作を、北朝鮮に持込み、より激しく実行した金成柱の恐怖政治を恐れた北朝鮮の人々は、命がけで国外に避難した。
 

 金成柱の恐怖政治から逃れるため、約五百万人が脱北し、一千万南北離散家族の悲劇が発生した。
 
避難の途中、約五十万人が逮捕され、銃殺されたといわれる
 厳しい監視統制で避難できず、北朝鮮に残った人々は、生き延びるため閉口し、家族を守るために、金成柱に従い、洗脳・包摂され、利用される奴隷になっていた。

 国外に脱出できない人民達は、北朝鮮半島収容所に監禁される拉致犠牲者になっていた。
 この拉致の真相を知らず、拉致問題の解決策を解明することは、永遠に不可能であると断言する。

 
 
 参考ー詐欺師の北政権

 北政権は、日本人拉致犠牲者の横田めぐみさんらは「死んだ」と発表した。
 北政権の発表は、逆に解釈することが、殆どの場合、正解である。

 金成柱は、拉致して処刑しだ晩植党首が生きていると韓国政府に告げた。「大嘘」を告げた。
 そして韓国側で逮捕され、死刑判決を
受けていた南朝鮮労働党(南労党)の上位二人、金三龍・李舟河と交換することを韓国側に提案し、韓国側の了解を取り付けた。
 
 その捕虜交換日が、一九五〇年の六月二十六日であった。
 韓国政府は「戦争は絶対にない」と確信し、油断して戒厳令を解除した。
 金成柱は、拉致犠牲者を利用し、「うそ」で韓国政府と韓国軍をだまし、油断させた
 
 そして、捕虜交換日の六月二十六日の前日、二十五日未明に三八度線を突破し、
韓国への侵略戦争を決行した。全く無防備だった韓国軍は総崩れになり、退却するしかなかった。
 
 昨今、「朝鮮総連」が「日朝国交回復」と「万景峰号の再就航」を日本の政治家に提案している。  金正日に金と物を与えれば、大量生産された核ミサイルが、日本全国に降ってくると警告する。
 もはや「だまされた」では済まされない段階に至っていることを警告させていただく。


 6・25南侵(朝鮮戦争)の1950年から三年間だけで、南北の市民約四百万人を死に追いやり
1994年から約5年間だけで、約三百万人の北朝鮮人民を餓死させたといわれている。
 では、六十五年間に、死に追いやられた人々は、一体何人であろうか

 私は、一千万人を遥かに超えると推測している。
 

 脱北難民は、口を揃えて、血相を変えて、大声で「金正日は悪魔」だと訴える。
 
拉致犠牲者の慟哭と救済の
叫びを真摯に受け止めることが、拉致問題の解決策を見出す原点であると申し上げたい。  

北政権の最も恐るべき秘密組織「祖国戦線」のドンは、スターリンの分身・金成柱であった
 そして、後に朝鮮総連の初代議長になる韓徳銖も「祖国戦線」の中央委員であった。
 秘密組織である「祖国戦線」の全容が解明されれば、すべての謎が解明できると断言する。
 
 私は「祖国戦線」の「祖国とは北東アジア」であり、「戦線とは占領」だと解釈している。
 即ち「祖国戦線」の目的は、「北東アジアの占領」だと解釈している。

 
拉致の目的、生物兵器・化学兵器・核兵器・そして今、究極兵器EMP爆弾を開発している目的は、極東アジア、すなわち北東アジアの占領支配であったという、私の検証結果をようやく、米・韓・日の関係筋が非公式で公認した。
 だが、一般市民に知らせる事が、肝心である。
 だから、真相を語り継いでいる。
 拉致問題を解決するために…。



  参考ー拉致問題の解決策

 スターリンの死後、極東アジア共産主義革命の首魁となったのは、中国の毛沢東である。
 毛沢東は、北朝鮮を中国の属国にした。植民地にした。
 北政権は、北朝鮮の貴重な地下資源の採掘権を中国とロシアに渡した。
 朝鮮(韓)民族の聖地である白頭山の尊い観光資源まで中国に渡した。
 ある北朝鮮問題の識者は「今の北朝鮮は事実上、中国の一州である」と語っていた。
 
 
中国と現ロシア政府は、金正日ファミリーを即刻、自国に連れ帰り、北朝鮮の国権を北朝鮮の人民に返すべきである。
 中国と現ロシアは、罪の償いとして、北朝鮮人民の自由と人権の回復に貢献すべきである。
 
 
「モスクワ協定」による韓半島信託統治は、五年以内の撤退期限付きであった。
 ソ連・中国・米国・英国の四ヵ国と信託統治軍の傀儡北政権は、六十年前の一九五十年十二月二十七日までに韓半島から撤退する義務があった。
 信託統治国と傀儡政権は、
六十年前に、北朝鮮から撤退しなければ、ならなかった。
 
だが侵略者たちは、六十年も、北朝鮮を不法占拠してきたのである。

戦後の国際社会は、一九四七年十一月十四日の国連総会で、韓半島南北統一案を可決していた。
 国連の南北統一案可決の精神は、南北朝鮮は本来、一国家、一民族、一領土であり、この事実を世界各国が認知していたがゆえの裁定であった。韓半島の主権者は、南北朝鮮の国民だけである。
 ロシアと中国でもない。米国・英国でもない。金成柱と金正日でもない。


 国連の南北統一案は、一九四八年三月までに、南北の総選挙を実施して、南北の統一政府を樹立し、信託統治国の軍隊は、速やかに韓半島から撤退し、南北朝鮮の自主独立(祖国統一)を承認するという当然の内容であった。
 
 
速やかに韓半島の正当な主権者に主権を返還し、南北の民主的総選挙を実施して統一政府を樹立し、北朝鮮を不法占拠してきた信託統治国と傀儡北政権は即刻、韓半島から撤収退去すべきである。
 
 この南北統一案を国連に提出し、再審議して可決し、国連が主導して南北統一を実現すべきであると謹んで提言させて頂く。

本来なら、北政権に対する撤退命令は「モスクワ協定」の調印国であるソ・中・米・英である。
 ソ連・中国・米国・英国に、責任実行を要求する重大責務は、国連加盟国にある。
 国連に責務履行を要求する権利は、犠牲者であり、民主主義社会の主権者である国民である。
 
 国際社会は、過去も現在も、韓半島の自由平和統一に賛同していることは紛れもない事実だ。

 南北の市民と在日は、韓半島自由平和統一を宿望している。
 北東アジア市民と在日が、連帯行動を力強く起こせば中国、ロシアも反対できない。
 

 北朝鮮問題解決の核心は、当事者である北朝鮮と韓国と日本と在日の市民の決断と行動であった。
 国際政治、外交とは冷厳で摩訶不思議なものですが、実現には信頼と行動に優るものはない。
 
東西ドイツを分断していたベルリンの壁は、二十世紀末に除去された。
 ロシア・ゴルバチョフ大統領のペレストロイカが「ベルリンの壁」消滅の起点になった。
 「
板門店の壁」を消滅させる「平和の光(ピースライト)」を放つのは誰か、その人は未来の歴史の金字塔に刻まれているであろう。

 
北朝鮮問題の解決策である「韓半島の自由平和統一」が実現すれば、
 @韓半島を南北に分断した「板門店の壁」が完全に除去され。
 A北朝鮮・韓国・日本・諸外国・在日の市民全員の各国自由往来が実現する。
 B拉致犠牲者全員が、自動的に解放(救出)される。

 C拉致・粛清・包摂・テロ・戦争など北政権の残虐非道な人権犯罪を根絶できる。
 D北東アジアの非核化が実現し、各国の平和・共生・共栄が実現する。
 E無用になった核兵器などの軍備が廃棄されることにより、軍縮が実現し、削減した国防予算を不況経済克服と市民生活向上に貢献する福祉政策に充当することができる。
 F何より拉致犠牲者全員が解放され、北朝鮮人民が自由と人権を享受できるようになる。
  親を亡くして放浪し、終に餓死する遺児や孤児たち全員を救出することができる。
 
 
 
スターリンと金成柱が、一九五十年の六月二十五日に南侵を決行した目的は、信託統治の期限までに韓半島全土を占領するためであったと、私は解釈している。
 北政権は今も、北東アジアの占領、即ち「強盛大国実現」を目指していると私は検証している。
 
分断された南北は、休戦状態であり、いつ戦争が勃発しても不思議ではない。

 二〇〇九年四月五日、北政権は長距離弾道ミサイルを発射した。
 加えて、朝鮮総連の結成記念日の五月二十五日には、核実験を強行した。

 最悪の事態に至る前に、北政権の人権侵害と戦争犯罪を国際刑事裁判所に告発すべきである。
 

 六十数年前に南北の平和統一が実現していれば、北朝鮮の拉致犠牲者は解放されていた。
 6・25南侵は起きなかった。
数百万人の南北の市民は死なずに済んだ。
 南北離散家族の悲劇も解決していた。
 
韓国・日本・諸外国の市民と在日の拉致事件は、発生しなかった。
 北の核開発と核戦争危機も、発生しなかった。
 
北朝鮮と韓国と日本が、対立することもなかった。
 日本と南北朝鮮は、不幸な過去を乗り越え、一衣帯水の友邦国に成り、世界に誇る平和と共生を享受していた。北東アジアの市民は豊かな生活、幸福な生活を営んでいた。
 
 六十五年間も北東アジアの市民を不幸に陥れた責任は、北政権だけでなく、東西の軍事大国と国連・国際社会・韓国・日本の政府・北東アジア市民・在日コリアンの私達にもあった。
 
 この現実に気づくことが、拉致問題解決の第一歩である。
 第二歩は、北東アジア市民が、韓半島自由平和統一に賛同することであった。
 第三歩は、日韓朝・在日の連帯組織が結成され、連帯行動を起こすことであった。
 そして、韓半島自由平和統一実現を、国連に提議する事だと断言する。
 この正当な民意を阻止する事は、もはや誰もできない。政治を動かすのは世論である。

在日コリア問題研究所 理事長 鄭龍男 2010.7.3

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2010.7.3更新                                    TOPページに戻る

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