「祖国(極東アジア)統一戦線」の野望
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1.祖国(極東アジア)統一戦線の野望。

北朝鮮・韓国・日本・諸外国の市民を拉致し、在日コリアンを北送拉致した北軍政は、既に生物兵器、化学兵器、プルトニューム型核兵器、韓国攻撃専用の長距離砲と短距離ミサイルなどを実戦配備しています。
 しかも「一千万侵略軍民」を編制し、日本攻撃専用の中距離ミサイルのノドンとムスダンを開発して実戦配備し、終に米国まで届くに長距離弾頭ミサイルとウラン型核兵器の開発実験を試みる最終段階に至りました。
 先軍恐怖政治を貫き強盛大国を国家標語にする北軍政の独裁者が何を考え、何を目論んでいるのか。そして未来に起きると予想される最悪の惨劇を事前に阻止するために、北軍政の秘められた過去の歴史の真実を検証したいと思います。
 

 広島の原爆投下で日本の敗戦を確信した共産圏の盟主スターリンは、極東アジア(朝鮮と日本)の共産化を密かに目論んでいました。
北軍政が何を考え、何を目論んでいるのか。そして未来に起きると予測される最悪の惨劇を事前に阻止するために、北軍政の過去に秘められた歴史の真実を検証したいと思います。

 

 広島の原爆投下で日本の敗戦を確信した共産圏の盟主スターリンは、極東アジア(朝鮮と日本)の共産化を密かに目論んでいました。

 日ソ不可侵条約を一方的に破棄したソ連軍は
194589日、満洲国の国境と日本の国境を突破し、日本領土の樺太、千島列島(北方領土)を占領すると同時に朝鮮半島以北も占領しました。その目的は日韓占領の前線基地の構築でした。北朝鮮と隣接し、日本を睨む町「ウラジオストク」は「東方を占領せよ」という意味が含まれていると云われています。ロシアの東方は日本です。
  

 日本の敗戦で解放されるはずだった朝鮮半島以北の人々は、ソ連軍に統治されました。しかもスターリンは朝鮮半島以北の占領に対する国際社会の非難を回避するため朝鮮系ソ連軍人の金日成に改名した金成柱を北の指導者に据えました。
 

 スターリンの巧妙な策謀で朝鮮半島以北の人々の解放と独立の夢と希望は無残に砕かれたのです。
 しかも米ソの対立という「東西冷戦の板門店の壁」が38度線上に築かれました。
 「朝鮮という一つの民族と国土が南北に分断される悲劇」が始まったのです。
 そして東西の冷戦が、6.25南侵(朝鮮戦争)という同族相殺の愚かで悲惨な悲劇を誘発させ、今も続く南北の対立と北朝鮮の悲劇を発生させました。
 

 
 ところで朝鮮半島以北を占領したスターリンは真っ先に「在朝鮮建立統一戦線」という「極東アジア共産主義統一戦線」、いわゆる「祖国統一民主主義戦線」(祖国統一戦線)を平壤に設置し、その秘密組織「祖国(極東アジア)統一戦線」の指導者に据えた金日成を操る首魁(黒幕)に、ソ連軍特別宣伝部長のグレゴリー・メクレルを秘密裏に任命していたのです。
 

 この秘密組織「在朝鮮建立統一戦線」という「祖国(極東アジア)統一戦線」の公式の会議が北朝鮮政府樹立後の1949625日から28まで平壌で開催されました。
 この会議には「北朝鮮のすべての政治団体の代表者」いわゆる国内派・ソ連派・中国派・パルチザン派と韓国の代表者が参加していました。そして未公開の日本派の韓徳銖ら代表も参加していたと思われます。


 この会議で日本と韓国の共産主義革命の後衛組織を統括する前衛組織は、秘密機関の「祖国(極東アジア)統一戦線」であることが初めて言及されました。
 ちなみな「祖国(極東アジア)統一戦線」の構成員は、北朝鮮政府樹立宣布後の最高人民会議の代議員(国会議員)及び北朝鮮の政府高官資格を有しており、自動的に北朝鮮政府の高官に就任していたのです。早い話が「祖国(極東アジア)統一戦線」の構成員が北朝鮮政府の政策を立案し、実行する要職に就いていたのです。「祖国(極東アジア)統一戦線」は秘められた知られざる事実上の北朝鮮政府だったのです。
 当然ながら「祖国(極東アジア)統一戦線」の使命は、極東アジア共産主義革命を主導するソ連占領軍の最前線司令部の役割も担っていたのです。
 
 また1949年8月15日に平壌の朝鮮民報社で印刷された「祖国(極東アジア)統一民主主義戦線中央常務委員会の書記局が発行した「祖国統一民主主義戦線結成大会の文献集」には「祖国(極東アジア)統一戦線の中央委員99人」の序列81番目在日朝鮮人の韓徳銖、そして82番目に北朝鮮政府の副首相の洪命熹でした。この事実から韓徳銖は、北朝鮮の副首相より上級高位級幹部だったことが確認できます。非公開の日本派の韓徳銖は「祖国(極東アジア)統一民主主義戦線」(北朝鮮政府)の核心高位幹部だったのです。
 

 また「祖国(極東アジア)統一戦線の中央常務委員会書記局(秘書局)の構成員は北朝鮮政府の各部署を監督・指揮していました。総書記(総秘書)は金日成でした。
 「祖国(極東アジア)統一戦線」の中央常務委員会書記局(秘書局)は、労働党の日常業務、党の人事、組織問題、日常の懸案問題を討議し、党中央委員会の専門部署を秘密裏に指揮・監督していたのです。専門部署には組織指導部、統一戦線部、宣伝扇動部、対外連絡部、総務部、国際部、軍事部などがあり、具体的な政策執行はこれらの専門部署が行い、中でも組織指導部は、その他の部署全ての事業を統制する権利を持っていたのです。なお書記局の正式名称は「秘書局」であり、総書記や書記も、正しくは「総秘書」・「秘書」でした。


 祖国統一戦線の書記局(秘書局)、朝鮮労働党・朝鮮共産党北朝鮮分局や北朝鮮政府の樹立と南侵も画策指揮して北朝鮮の占領貫徹は勿論、極東アジア共産主義革命の後裔組織だった日本の朝連・民戦・朝総連・韓民統(現韓統連)ら在日朝鮮人の統一戦線及び南北朝鮮の統一戦線を極秘裏にコントロールし、しかも対南・対日・対民団の破壊工作と包摂工作、拉致と粛清と包摂、そして偽装虚言のデマ・中傷・誹謗の謀略策動等も画策指令していました。


 実は朝鮮労働党や北朝鮮政府は、表舞台の形式上のお飾りだったのです。現実に労働党の党大会は198010月の6回大会以降は開催されていません
 また党の代表者会も19583月、196610月、20109月、20124月のたった4回しか開催されなかった事実が証明しています。
 しかも開催された党大会や党の代表者会は議案の審議という議論は一切なく、全員が起立して満場一致の拍手喝采で議案を採決するのです。異様な光景ですが党大会も党の代表者会も独裁者を神格化する個人崇拝を強調するプロパガンダ宣伝ショーだったのです。党の代表者もプロパガンダ宣伝の演技者集団でした。
 

 また「動揺階層」「敵対階層」に区分され、地方に隔離された住民たちが立ち入りを禁止されている平壤は、「核心階層」いわゆる金日成に盲目服従するエリートだけが住むプロパガンダ宣伝都市でした。平壤市民の中にも数万人の独裁者を神格化する個人崇拝プロパガンダ宣伝の演技者、いわゆる芸能人がいるのです。
 平壤の巨大な金日成の銅像も、地域・職場・家庭で金日成の写真を掲げるのも、すべてが金日成を神格化する個人崇拝のプロパガンダ宣伝だったのです。
 この狂気の金日成神格化個人崇拝に狂奔してきたのは、抗日の伝説英雄金日成将軍の「革命の血統」という「金日成民族」を厳守するためでした。
 「革命の血統の消滅」は、即ち「北朝鮮軍政の消滅」だったからです。
 

 ちなみに労働党の最高意思決定機関といわれる政治局常務委員は、1980年の第6回党大会時、たった5名でした。19941月の段階では金日成(総書記・国家主席)、金正日(書記)、呉振宇(人民武力相)の3名だけになりました。
 しかも同年7月に金日成が死去し、その後呉振宇も病死したため、長らく政治局常務委員は金正日ただ1人だけでした労働党の最高意思決定機関といわれる政治局常務委員も事実上有名無実だったのです
 2010928日に金正日と金永南(最高人民会議常任委員長)、崔永林(首相)、趙明禄(国防委員会第一副委員長)、李英鎬(朝鮮人民軍総参謀長)の4名が政治局常務委員になりました。
彼らも秘密組織「祖国(極東アジア)統一戦線」の構成員だと思われます。


2.「祖国(極東アジア)統一戦線」の書記局(秘書局)の最初の任務。


 朝鮮半島以北を占領したスターリンは、真っ先に秘密組織「在朝鮮建立統一戦線」という「祖国(極東アジア)統一民主主義戦線」を平壤に設置すると同時に、その組織の朝鮮人の指導者選びの任務をソ連軍特別宣伝部長グレゴリー・メクレルに遂行させました。
 朝鮮語も日本語も堪能なソ連人のメクレルが、最初に面接したのは「朝鮮のガンジー」と云われ朝鮮人から慕われていだ晩植でした。だがメクレルは「゙晩植は、反共主義者。朝鮮の指導者ふさわしくない」とモスクワのスターリンに報告していた事実が旧ソ連の機密文書の公開で明らかになりました。
 メクレルが面接した北の有力者たちも「南北を分断するソ連の朝鮮統治」に反対していたのです。朝鮮人の民族主義者は全員が゙晩植の考えと同じでした。
 

 事実、後の1945113日、北の民衆の熱狂的な支持を受けていだ晩植氏が党首になり「民族の独立、南北の統一、民主主義の確立を三大綱領に定めた朝鮮民主党が結成」され、「南北を分断するソ連占領軍と傀儡の売国奴金日成」を糾弾する民衆闘争が北の全土に広がりました。
 しかし、゙晩植氏を始め有力者と人々は問答無用で拉致・監禁され、拷問された挙句、秘密裏に銃殺されていました。結果、民衆闘争は鎮圧されたのです。
 この歴史の事実も闇に葬られてきました。


 だが唯一人、ソ連在住の朝鮮系ソ連軍人の金成柱は自ら進んで「ソ連のスターリンに忠誠を誓い、ソ連の朝鮮統治と南北の分断にも賛成する」と積極的にアピールし、しかも金成柱は金日成に改名した事実をスターリンに告げたという説があります。
 メクレルも「抗日伝説の金日成将軍の名声は朝鮮人に知られている」とモスクワに伝えていました。結果、ソ連在住の朝鮮系ソ連軍人の金日成に改名した金成柱はソ連の軍艦ブカチョフ乗船し、1945919に朝鮮の元山港に上陸しました。


 7歳の時に中国に渡り ソ連に逃亡し、ソ連の軍人になった金日成に改名した金成柱(当時33歳)は約26ぶりに「朝鮮の土」を踏みしめたのです。
 偽者の金日成が1945919に朝鮮に上陸した日から「南北分断と拉致と粛清と洗脳の悲劇、飢えと餓死の悲劇、そして悲惨なテロと戦争の悲劇の歴史が始まった」のです。
 

 メクレルは「私は金日成とあらゆる分野、あらゆる問題で行動を共にしました。政治や党関連の重要な仕事を一緒に行いました。取るに足らないようなことでも私たちは常に一緒に行動しました。私はあらゆる場面で金日成を助け、金日成を育て上げたのです」とNHKのインタビューで明確に証言しています。
 偽物の金日成と知られざる日本派の韓徳銖は、メクレルの指示を忠実に実行していたのです。
 

 また当時、ソ連極東軍第八十八旅団で金日成に改名した金成柱に様々な戦術を教えたソ連軍のワシーリー・イワーノフ中佐は「朝鮮人民軍など存在しませんでした。金日成は戦争に参加したいとアピールしたが、彼らは大した貢献ができないと判断し、戦争に参加させませんでした」とNHKの取材に応えて証言しています。
 偽者の金日成はソ連占領軍の朝鮮侵攻作戦にも参加していなかったのです。
 また朝鮮人民軍の本当の創建日は194828日だったのです。
 1978年になって朝鮮人民軍創建日を1932425日に突然変更したのです。
 その目的は金日成の偽者説を完全に払しょくするためでした。
 1948年に創建された朝鮮人民軍が1945年に存在するわけがありません。
 「朝鮮人民軍を指揮して朝鮮を解放した」という偽者の金日成の「朝鮮建国神話」は金日成将軍に成りすますために巧妙に捏造された大嘘でした。


 スターリンとメクレルが金日成に改名した金成柱を秘密組織の「祖国統(極東アジア)一戦線」の指導者に据えた目的は「抗日闘争の伝説英雄金日成将軍」を朝鮮の指導者に据えることにより、すべての朝鮮人と日本人の共産主義者を盲目服従させ、スターリンの野望「極東アジア共産主義革命」を成し遂げることでした。
 

 そして傀儡の金日成に朝鮮労働党・朝鮮共産党北朝鮮分局、「朝鮮民主主義人民共和国」政府を作らせ、6.25南侵(朝鮮戦争)を決行させたのです。
 金日成の「祖国統(極東アジア)一戦線」を指揮していた黒幕は、ソ連特別宣伝部長のグレゴリー・メクレルだったのです。ボスは云うまでもなくスターリンでした。
 

 これらの事実から祖国統一戦線の結成日は、朝鮮労働党結成日の19451010だったと思われます。或いは偽者の金日成が朝鮮に上陸した919日以後1010日以前であったことは間違いないと思います。
 しかし北軍政は1974年に「祖国(極東アジア)統一戦線」の結成日を「北朝鮮民主主義民族統一戦線」の結成日の1946722日に突然変更しました。
 約三十年も過ぎた後に結成日を変更するとは、まさに前代未聞の怪事です。
 こ怪事は北軍政の最高機密「偽者の金日成の秘密」を漏らさないためであることは云うまでもないと思います。
 

 偽者の金日成は「北朝鮮は世界に類がない独自の体制だ。この体制の秘密は誰も絶対に暴けない。だから北朝鮮は絶対に破壊されない」と側近たちに自画自賛していました。だが年齢の秘密は隠せませんでした。
 19451014日に平壤で開催された「ソ連軍歓迎平壌民衆大会」で紹介された偽者の金日成を見た北の人々は「あの若造が金日成将軍であるはずがない。あの金日成は偽者だ。ふざけるな」と大騒ぎになりました。


 もし「日帝36年の抗日闘争の伝説英雄金日成将軍」が生きていたなら1945年当時の年齢は若くても65歳前後であったと思われます。しかし偽者の金日成は1945年当時33の若者でした。
 北の人々が「偽者だ」と騒いだのは当然だったのです。1910年の日韓併合の年に、この世に生まれてもいなかった者が、金日成将軍であるはずがありません。まさかスターリンとメクレルは「幼児が抗日闘争を指揮した」と云う詭弁を弄するのでしょうか。
 まして金日成に改名した金成柱は「7歳の時に中国に渡りソ連に逃亡し、ソ連の軍人になり、何と33歳まで26年間も、朝鮮にも、白頭山の密営にも、住んで居なかった」のです。朝鮮に住んでいなかった金日成に改名した金成柱が、どうして朝鮮で日帝36年の抗日闘争を展開できるのでしょうか。北の人々が一目見て「偽者だと見破った金日成」は紛れもなく「伝説英雄の金日成将軍の偽者」でした
 朝鮮系ソ連軍人の金日成に改名した金成柱は、地位と名声の欲に目がくらんだ強欲な詐欺師だったのです。人類最悪の売民売国奴でした。


 だがこの偽者説を一掃したのは強大なソ連軍の後押しを受けていたメクレルでした。当時、北では最初の連座制のマグチャビ(根こそぎ)粛清が強行され、北の全土で血の嵐が吹き荒れていました。北ではメクレルの巧妙な策謀のみか、ソ連軍の残虐な銃剣によって金日成の偽者説を口に出す者は問答無用で銃殺されていたのです
 

 「祖国(極東アジア)統一戦線」は、北の人々が「あの若造は金日成の偽者だ」と騒いだ「ソ連軍歓迎平壌民衆大会」(19451014日)を「金日成将軍歓迎平壌市民衆大会」に名称のみか、内容まで捏造改ざんしました。
 また朝鮮人民軍の創建日も194828日から、1932425日に捏造改ざんしていました。その目的は偽者の金日成を本物にするためでした。
 メクレルと金日成と韓徳銖は、歴史は基より、行事の名称も内容も、そして組織の名称も、歴史と遺跡は基より映画も、ドラマも、芸能、芸術までも、何でも構わず、歪曲捏造してきた前科は数えきれません
 

 その目的は「偽者の金日成を本物にし、最初の北朝鮮公民の在日コリアンを洗脳し、ソ連の占領に反抗していた北朝鮮住民を洗脳して盲目服従させる」ためでした。このメクレルが捏造した大嘘は恐るべき洗脳と粛清によって達成されたのです。
 

 インドのガンジーはイギリスの植民地支配とローラット法(治安維持法)に「非暴力不服従運動」で対抗し、民衆を覚醒させインドを独立に導きました。
 ガンジーの名言「
私は失望するといつも思う。歴史を見れば真実と愛は常に勝利を収めた。暴君や殺人狂の為政者もいた。一時彼らは無敵にさえ見える。だが結局は滅びているのだ」という現実を私達は思い起こしたいと思います。
 「暴君や殺人狂の為政者は、結局は滅びています。どんな大嘘の完全犯罪も秘密も、いずれ暴かれるのです。偽物の金日成と息子の金正日と孫の金正恩の三代世襲政権の「革命の血統の大嘘」が暴露され、北朝鮮軍政が消滅する日は必ず訪れます。
 

3.「祖国(極東アジア)統一戦線中央委員の韓徳銖」の罪。


 日本では19451015日に結成された唯一の在日朝鮮人(約二百万人)の統合組織の在日本朝鮮人連盟(朝連)が「抗日闘争の伝説英雄金日成将軍様が北の指導者になられた」と宣伝しました。
 「北朝鮮の大量粛清の悲劇と偽者の金日成の正体と犯罪」をまったく知る術が無かった南朝鮮で生まれ育った在日朝鮮人一世はただ感激し、瞬く間に金日成に盲目服従してしまったのです。共産主義思想も知らない在日朝鮮人も共産主義者になっていました。メクレルと韓徳銖に騙された朝連は「在日朝鮮人を最初の金日成崇拝者、そして最初の北朝鮮公民」にしたのです。この「あやまち」が今も続く北朝鮮の悲劇を発生させた原因でした。


 スターリンが死去して南侵が失敗した以後、フルシチョフがスターリンの個人崇拝非難を始め、しかもフルシチョフは金日成の個人崇拝を止めるよう諭したことから、金日成はソ連と距離を置くようになりました


 また1953年以後1970年までに金日成の出目(偽者の真実)を知っていた祖国統一戦線(北朝鮮政府)の構成員を含む国内派・ソ連派・中国派・パルチザン派の約2500名が悉く粛清されました
 残ったのは金日成に忠実な知られざる日本派の韓徳銖らだけになったのです。
 

 「祖国(極東アジア)統一戦線」は、メクレルに代わって金日成が首魁に躍り出たのです。そして「祖国(極東アジア)統一戦線中央委員の韓徳銖」が金日成を支えたのです。韓徳銖も、スターリンの共産主義革命から金日成の強盛大国樹立に路線を変更し、金日成個人崇拝に全力を傾注したのです。


 しかも日本の中の朝連・民戦の在日朝鮮人一世の選りすぐりのエリートが北朝鮮に帰国し、北朝鮮の政策を立案し、朝鮮労働党統一戦線部の朝総連が政策を実行するようになったのです。
 そのうちの一人が東京に住んで日本の中央大学で学んだ日本語が堪能な元朝鮮労働党書記の黄長Y氏でした。黄長Y氏は「金日成の主体思想」を立案した張本人です。金正日の妻の高英姫も在日朝鮮人でした。
 後継者の金正恩の母親は在日朝鮮人の「核心階層」だったのです。
 彼ら朝連と民戦の帰国者は北朝鮮の「核心階層」になっていたのです。
 しかし朝総連の北送拉致犠牲者の殆どは「動揺階層」「敵対階層」に分類され、しかも北朝鮮の人々から差別され、石を投げつけられる最も低い身分でした。

 朝鮮学校に金日成個人崇拝を持ち込んだのも韓徳銖でした。
 日本の政治家とマスコミなど各界有力者を包摂したのも韓徳銖でした。
 
在日コリアンは勿論、日本人も「北朝鮮は千里馬の勢いで目覚ましい発展を遂げている。北朝鮮は地上の楽園。人民は豊かな生活を満喫している」などの大嘘を流布した「祖国統一戦線中央委員の韓徳銖」らに騙されてしまったのです。


 韓徳銖に騙された犠牲者は、朝連、民戦、朝鮮総連の幹部や活動家だけでなく、「在日朝鮮人帰国協力会」に名を連ねた自民党の鳩山一郎、社会党の浅沼稲次郎、共産党の宮本顕治ら各党代表を始め多くの国会議員、マスコミ関係者、学者、言論人、芸術家、芸能人など各界各層の一流の著名人たちでした。


 彼らは「韓国と国交を断絶しても全面的に朝総連と北朝鮮を支持・支援する」と公言していました。彼らは韓徳銖の朝総連を全面的に支援し、工作船万景峰号の日朝往来を許可し、日本を北軍政工作基地にして「人と資金と物資」を北送させました。その想像を絶する莫大な資金と物資の秘密北送資金が、北朝鮮軍政の国家財政を賄い、金日成を延命させる命綱になっていたのです。


 朝総連と日本政府が金日成を支援し、金日成将軍成りすまし策謀を成功させ、延命させてきた命綱だったのです。


 朝連は米国のGHQによって解散させられたのに、朝総連は日本の左翼政党と北朝鮮利権に溺れた政治家・官僚とマスコミなど各界の一部の有力者の積極的な朝総連支援と後押しで自由奔放に活動を展開していたのです
 日朝政府の合意で北送され、北朝鮮で拉致され人質になり、「生き地獄の北朝鮮では住めない。日本に帰りたい」と当局に訴えたった在日コリアン犠牲者は粛清されました。その犠牲者数は、北送当初だけで半数の約五万人といわれています。
 

 元北の保衛員は「キポ(在日同胞)若者が集団で公開処刑される場面を何度も目撃した」と告白していました。身も心も、人生も家族も財産も、すべてを金日成と韓徳銖に捧げた朝総連の幹部や活動家たちは、北朝鮮で処刑されていたのです。
 処刑される事実を日本の家族にも友人にも誰にも伝えられない悔しさに号泣したという。家族や友人の顔を脳裏に思い浮かべ慟哭し、残虐に処刑されたという。


 朝連の最高幹部だった金天海も、朝総連の副議長だった金炳植も、多くの朝総連の幹部や活動家たちが訪朝後、行方不明者になっていました。
 金日成と同様に韓徳銖は、利用価値が無くなった邪魔者は、無残に粛清してきたのです。金日成と韓徳銖によって消された北朝鮮住民と在日コリアンの犠牲者は、数えきれないと云われています。
 朝総連の同胞も、拉致と粛清の犠牲者だった真実を公開するのは、彼らは騙され洗脳され、利用された挙句、使い捨てにされた犠牲者だったからです。
 余りにも多くの在日コリアンが、金日成と韓徳銖と朝総連の餌食になりました。
 この悲劇を永遠に放置しておいてはなるまい。


 とにかく韓徳銖ら朝総連に騙され洗脳された犠牲者は一番目が在日朝鮮人、二番目が日本人、三番目は米国、四番目が韓国、五番目に北朝鮮住民だったのです。この驚愕の朝鮮人の悲劇の原因は何かを知って頂きたいと思います。
 

4.朝総連ら北軍政工作組織対策の立法化。


 在日の民戦は「全朝鮮人民の民族的課題のために『祖国統一民主主義戦線』に呼応して闘う」と「祖国(極東アジア)統一戦線」の指令に従うことを明確にスローガンに掲げていました。また名称も『在日本朝鮮統一民主戦線』という「祖国(極東アジア)統一戦線」下部組織であること示していました。この事実からも朝連と民戦と朝総連も「祖国(極東アジア)統一戦線」の下部組織であることが確認できます


 朝連は米国のGHQの命令で解散させられました。
 だが朝総連は日本政府とマスコミら各界の積極的な支援を受けていました
 洗脳された朝総連ら朝鮮労働党統一戦線の工作員は「民団有力者は勿論、日韓の有力政治家やマスコミ関係者ら」を水面下で買収包摂した実行犯でした。
 朝総連の工作員文世光は「朴大統領令夫人の陸英修女史射殺テロ事件」の実行犯であり、数々の対日・対南・対民団の包摂工作の実行犯でした。


 解散させられた朝連と民戦が名称を変更した「在日本朝鮮人総連合会」(朝総連)なのに、朝総連は日本で自由奔放に工作活動を展開してきました。そして朝総連は、過激な暴力闘争の実行する「韓国民主回復統一促進国民会議」(韓民統)を秘密裏に結成させていました。そして韓民統の初代議長に金大中を就任させました。
 北軍政の対南破壊工作の精鋭部隊の韓民統のボスの金大中が、韓国の大統領になっていたのです
 しかし、危機管理欠乏症の在日コリアンも、韓国民も、日本人も、この事実を放置・傍観・黙認してきました。


 多くの日本人と韓国人と在日コリアンは「朝総連の会員は激減し、組織力も低下した」と嘲笑し、完全に油断してきました。またも騙されていたのです。
 現実はまったく逆でした。今では朝総連の現職幹部も、朝鮮大学や朝鮮学校の生徒も殆どが韓国籍を取得しています。彼らは計画的に朝鮮籍から韓国籍に国籍を変更していました。誰もが気付かないうちに韓国の旅券を持つ朝総連の北軍政工作員は、恐るべき勢いで激増していたのです。
 そして韓国の各界各層のみか民団の各界各層に浸透していたのです。韓国の企業の代表者のみか、民団の団長・議長・監察委員長に次々と朝総連や朝鮮大学や朝高出身者が就任していたのです。民団は朝総連にまったく抵抗できなくなりました。


 2012年末の韓国大統領選挙で、親北政権が再び誕生すれば、彼らは本性を現すでしょう。そして今度こそ北朝鮮主導の高麗連邦制により韓国を併合統一するでしょう。
 油断大敵の言葉を忘れ、朝総連ら北軍政工作組織を野放した結果、誰も気付かないうちに北軍政の細胞が拡散し、阻止できない段階に至っていたのです。
 

 1946215日に結成された南朝鮮の「朝鮮民主主義民族統一戦線」(朴憲永、呂運亨、許憲等朝鮮共産党を中心に四十余の政党と社会団体が結集)は、大韓民国政府の樹立後に非合法団体に指定されました。
 しかし、朝総連と韓民統の積極的な全面支援を受けた韓国の親北左翼勢力は、「祖国統一汎民族連合」や「祖国統一民族青年学生連合」など数々の親北左翼組織を構成し、遂に全世界の親北左翼勢力が結集した「6.15共同宣言実戦民族共同委員会」を結成させました。
 今や韓国の親北勢力と政党は、ふたたび政権を奪取する勢いです金日成と韓徳銖と金大中こそ「朝鮮人を騙して地獄に叩き落とした極悪三人組み」だった事実を確認し、自覚して対処して頂きたい思います


 また日本人がまったく気付かないうちに日本に帰化した朝総連の北軍政工作員も、日本の各界各層に浸透し、その勢力は激増していたのです。
 北軍政は生物兵器・化学兵器は既に実戦配備しました。
 プルトニューム型核兵器は1993年に完成していました。
 一千万軍民の編成も終えました。日本攻撃専用のノドンミサイルは既に150基から320基が実戦配備されていると云われています。最後のウラン型核兵器と長距離弾道ミサイルの開発実験に成功すれば予告なく、ある日突然「日本の終末」の時が訪れます。その時に気づいても既に手遅れです。
 もはや北軍政工作組織(員)対策法を立法化施行し、朝総連の秘密北送資金を根絶するしか、狂気の「祖国(極東アジア)統一戦線」(北軍政)の野望を阻止する術はありません。
                    鄭龍男

 

               

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