.金成柱の拉致教示と工作員
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                                        2007.7.18


 1946731日の金日成教示(金日成全集第4巻に収録)

「我われが直面している最も大きな難題のひとつは、大学教員、学者をはじめとする
インテリが大変不足していることです。不足しているインテリ問題を解決するために
は南朝鮮にいるインテリを
連れて(拉致して)来なければならない。私(金日成)は、
同志たちが南朝鮮に行き、しっかりと自覚して、慎重に行動して
(まか)された任務
を立派に遂行
して、無事戻る事を願っています」と金日成は、工作員たちに拉致任務
遂行を公式に教示
した。

②拉致任務遂行工作担当組織

6.25南侵時の拉致犯罪は人民軍偵察局が実行した。
戦後~1975年までは後に「3号庁舎」と呼ばれた
労働党工作部署が担当した。
また朝鮮労働党連絡部が、朝鮮総連と連携して主導した。
1970年の日本赤軍《よど号》ハイジャック犯も、労働党連絡部が担当した。
1978
年の日本赤軍《よど号》グループ総会で田宮高麿は『金日成教示により、日本
を金日成主義化するために、党創建準備委員会を設立し、工作活動を推進することを
表明していた。                    

1976年以後は、既に日本に潜伏していた『党調査部戦闘員』が指揮した。
但し、実際の作業は
『党作戦部戦闘員』が実行していた。

朝鮮総連では、組織内部『学習組』が結成され、工作活動を遂行してきた。
朝鮮総連に所属していない在日韓国人、日本人・来日韓国人の秘密工作員もいる。

③拉致組織

    ・職位:責任指導員、工作組指導員、作戦責任者、現場協力者&実行者

・工作員名(指名手配など公開された工作員)             
 辛光洙、金ナムジン、韓クムニョン、崔スンチョル、金ミョンスク、金仁学、
 曺廷楽、韓竜大、金吉旭、李三俊、金ユーチョル、李秋吉、金世鎬、呉求鎬、
 高大基、洪寿恵ほか


2.在日コリアンの拉致・北送・人質被害者

  北朝鮮・韓国・在日コリアン拉致犠牲者(推定約1520万人)

 北朝鮮人拉致犠牲者=約30%の核心階級を除いた70%の住民とした場合、約1,500万人と推測。
6.25戦争拉致被害者=96,013人、○近年の韓国拉致被害者=489
○在日北送被害者=公式北送犠牲者
約78,000人、非公式拉致犠牲者約20,000人と推定。
 

金成柱(故・金日成主席)の恐怖政治に怯え、韓国や中国などに亡命避難した北朝鮮
市民約500万人と6.25戦死者数百万人の
人口を失くした北朝鮮の人口は大激減した。

金日成は、不足する
人力、資金、物資を補う
ため、『北朝鮮は地上の楽園』という、
『偽装と虚言』を捏造して宣伝し、在日コリアン約78,000人と、日本人家族の
6,800(28,410世帯)1959年~1984年までに北送拉致した。
また非公式などで拉致された在日コリアンは約20,000人と推定される。

北送拉致人質被害者は、牛馬の如き労働と人質にも利用された。 
※北政権は北送被害者に、金品と物資の北送を要請する手紙など在日コリアン家族に
 送る事を強制し、在日から「カネとモノを」搾取していた。

また、朝鮮総連にだまされたと不満を云った北送被害者は、反動分子として
秘密裏に拉致強制連行され、管理所(政治犯収容所)に収監された。
※注:
秘密裏の拉致強制連行とは、深夜の寝込みを襲い家族全員を拉致して
収監、粛清する無差別拉致の事です。いわゆる行方不明者、消息不明者と
して行政処理される消された犠牲者です。この犠牲者は親・子・孫の三代、
従兄弟・叔父・叔母までも含まれる。
僻地に追放処分となる場合もある。                    
また、管理所に拉致収監
された被害者は、ほとんど病死、餓死、処刑で生き
て戻れないといわれる。
※注:この資料の収容所項目をご参照ください。

また、北送被害者の生の声を録音し、在日コリアン家族(特に民団幹部)に
聞かせ、公式招待のみならず秘密裏に中国、ロシアなど第三国経由で北朝鮮
に招待、優遇し、
包摂工作に注力していた。

詳細は書籍「拉致と朝鮮総連」をご参照ください。


3.日本人拉致被害者

   ①日本政府認定17名と救う会認定7名(救う会HPを参照下さい)
 
 ②平成141015日に帰国した5人

※特定失踪者問題調査会は、日本人拉致被害者は100名以上と推定。
   ※北送拉致犠牲者=約6800人(北送日本人家族)   

4.韓国人拉致人質被害者


  ①6.25韓国侵略戦争中の拉致被害者

6.25韓国侵略戦争中に、約96,013人の韓国市民を拉致北送。
1 950年に88,861名、1951年以後に7,152名を拉致北送。        

被害者は、97.8、女2.2%、10代後半~30前半の働き盛りの若者が全体の
84.6でした。                 

また農民の58,373を筆頭に公務員・教師・医師等が6.37%、中高生・大学生が
4.4%、技術者が2.95%など、国会議員、政党人、判事検事、弁護士、教授、新聞
記者、言論人、医師、薬剤師、看護師、通訳、軍人、宗教者、企業人、文芸人、演劇
映画人、画家書家、会社員、漁民、労働者など社会全般の各界各層の人々を拉致北送
された。              

被害者は忠清道23,664,ソウル22,348,京畿道18,270名、江原道11,375
,全羅道10,853名、慶尚道 9,503名の順であり、拉致北送した韓国人を労力奴隷と
し、抵抗者や利用価値が無くなった者は強制収容後、残虐に処刑したと伝えられており
ます。

3年間におよぶ戦争において、戦争拉致北送(拉北と云われている)の88.2%が、
6.25南侵攻戦争ぼっ発後、
3ヶ月間に集中している。
この事実から、拉致北送は、事前に計画されていたと推測される。

順  位

1

2

3

4

5

6

 

職業

合計

忠清道

ソウル

京畿道

江原道

全羅道

慶尚道

96,013

23,664

22,348

18,270

11,375

10,853

,503

1

農民

58,373

19,566

880

13,174

,445

,119

,189

2

無職

,208

576

,297

647

125

438

125

3

商人

,797

391

,296

509

293

156

152

4

労働者

,984

272

,095

918

480

177

42

5

職業未記載

,616

754

,227

118

11

,480

26

6

行政公務員

,919

333

,516

555

137

290

88

7

技術者

,836

156

,264

270

52

50

44

8

高校生以下

,268

445

,222

280

168

144

9

会社員

,996

42

,681

138

86

28

21

10

大学生以上

,955

220

,173

314

89

158

11

警察官

,613

296

539

295

29

374

80

12

軍人軍属

879

112

365

279

13

81

29

13

社会団体員

879

119

446

125

11

129

29

14

教師

752

87

350

193

23

40

59

15

工業人

712

96

346

156

54

31

29

16

漁民

549

106

210

13

214

17

其の他2

439

65

192

54

14

89

45

18

企業人

388

12

333

20

12

19

医師

368

10

221

31

95

20

林業鉱業人

224

52

26

135

21

キリスト信者

178

16

119

15

23

22

薬剤師

158

14

132

23

教授

111

98

24

政党人

106

63

36

25

弁護士

100

90

26

判事検事

90

71

27

新聞記者

89

69

28

他の言論人

75

64

29

演劇映画人

68

67

30

国会議員

63

53

31

看護師

56

43

32

米軍軍属

54

49

33

他の宗教人

39

15

16

34

通訳

32

28

35

文芸人

23

22

36

画家書家

16

13


5.1953年以後の韓国人拉致被害者

朝鮮労働党政権と金日成に失望反発し、1945年~1950年に350万人、
1950年~1953年に約100万人、行方不明者の約50万人合計約500
万人
の北朝鮮市民が、韓国に亡命・避難したという。

この韓国亡命避難者の北朝鮮残留家族が、約500万人と推定されていること
から【一千万南北離散家族】と云われてきた。

この北朝鮮残留家族(離散家族)は、最初の拉致犠牲者でした。
また、極めて一部少数が数日間りみ再会する拉致人質を利用した韓国政府の
経済支援果実を得ている北政権の政策は、人質政策だと非難されている。

5.近年の韓国人拉致被害者

2007年現在の北朝鮮による韓国人拉致被害者認定者は、489人。但し、
被害者の
詳細、未確認拉致被害者は非公開
489人のうち南北離散家族の再会事業や 北朝鮮の宣伝映像などを通し
て、うち
103人の生存を確認しているという。          

北朝鮮の政治犯収容所の実態については、収容所は6か所あり、約15万人
が収容されている。
※注:収容所に関しては、この資料の収容所項目をご参照ください。
収容者は1食あたり、100~200グラムの食事を与えられ、脱出を図っ
た場合は、公開で処刑
されるという。                 
収容されているのは、脱北者家族や朝鮮労働党に反発した政治犯の外、金日
成から金正日への後継体制に反対し、収容された人が多いという。

6.北朝鮮国内の拉致被害者と収容所
①北朝鮮国内の拉致収監被害者              

1945年~1960年代までの金日成の権力掌握過程において、南朝鮮労働
派、延安ソ連派甲山派・宗派主義者、および住民の成分分類作業
において索出された反動分子を、問答無用で逮捕・拉致・収容・処刑した。

この金日成の恐怖政治に失望し、1945年から~1950年までの約5年
間で、北朝鮮市民約350万人(殆どが北朝鮮の中枢のエリートピョンヤン
住民)が韓国に亡命避難し、北政府と首都の行政は、麻痺状態であった。

ちなみに、この人口流出の穴を埋める為に、1959年から始まった北朝鮮
への在日コリアン帰国事業が始まった。                  

北朝鮮の秘密警察である国家安全保衛部が、秘密裏に拉致し強制連行し、
管理所(政治犯収容所)に収監する拉致被害者は、家族、親族とともに収監
されており、常時、20万人~30万人が拉致収容されているという。
この管理所では、2年~7年以内に、ほとんどが病死、または事故死、処刑
され、死亡するといわれている。         

その数値から、1945年から今日まで、約62年間の延べ拉致収監被害者
は、【(20万~30万)÷(2年~7年)】×62年=〇〇〇〇という、
信じられない想像を絶する驚愕の推測もされております。

15号管理所などには1959から行われた帰国事業により日本から北朝鮮
へ渡った在日朝鮮人日本人妻も多く収容されている。

日本から北送拉致された行方不明、消息不明北送在日のほとんどが、北朝
鮮でも拉致収監されるという二重拉致被害者となっており、そのほとんどが、
病死、餓死、拷問死のみならず、公開銃殺のほか、監視官の徒手格闘技術の
訓練台
にされるか、棍棒で撲殺されるなど、残虐に殺害され、死骸を犬の餌
にしているとの聴きたくない、恐ろしい驚愕の事実が、脱北者から聴いた。

7.北朝鮮の収容所

○収容所の分類

収容所には、集結所、労働教養所、教化所、管理所(政治犯収容所)及び
秘密監獄、労働鍛錬隊などがあり、精神病院である77号予防院もある。
また(政治犯収容)招待所と呼ばれる施設の中にも大韓民国や、海外の国家
から拉致した人物用のものや、政治犯を収容し、予審を行うためのものが、
存在するなど、様々な強制収容所ないし、それに準ずる施設が、存在すると
いう。                 

被収容者のレベルは、IからIIIまで存在する(Iがもっとも重い)。    
ただし最も軽いレベルIIIでも、一日に、数百グラムの飼料用穀物と塩が数
グラムの配給であるため、ネズミを捕らえ、たんぱく質を補給するなどで、
生き延びるしかないという、家畜同然といわれている。

○管理所(収容者は全体でおよそ20万人から30万人といわれる。)

管理所は、政治犯収容所であり、革命化区域と永久に出所できない完全統制
区域
に分けられる。
一日わずかな飼料用トウモロコシと塩水程度の食料しか与えられないため、
どちらに収容されても無事に出所できる確率は、非常に低い
多くの管理所は共和国の秘密警察である国家安全保衛部の第7局(農場指導局)
の管轄にあたるが、保衛部の他の部署や、一般の警察にあたる人民保安省
(旧称:社会安全部)の管轄にあたると見られる管理所も存在する。

いくつかの管理所には1959から行われた祖国帰国事業により日本から
北朝鮮へ帰国した在日朝鮮人日本人妻が多く収容されている。

これらの収容者のほとんどは、国家安全保衛部によって秘密裏に拉致・拘禁
され
裁判もなく
あるいは、形式的な裁判のみで管理所へ移送される。

一日の労働は12時間、男女の差なく罪状により果樹園・炭鉱・森林伐採・
採石などの重労働が課せられる。ノルマの果たせない者は、更に重い労働を
徹夜で行うか、その場で銃殺されることもある。
また、女性収容者は、秘密警察である国家安全保衛部員から性的虐待を受け
ることもしばしばある。収容者は男女を問わず、国家保衛部員の怒りに触れ
ると死に至るまでの暴力・拷問を受ける。
管理所内部では、国家保衛部員の気まぐれによる公開処刑も頻繁に行われて
いる。

収容者は連座制である。反動分子を増やさぬためにという理由で基本的に
・子・孫の三代
までが収容または僻地への追放処分となる。従兄弟・叔父・
叔母までもが収容されることも珍しくはない。        

ちなみに妊婦が収容された場合、反動分子の子孫を絶やすという理由で強制
堕胎
、または出産後に生きたまま窒息死殴打で、殺してしまう

管理所の革命化区域の平均収容期間は2年から7。不衛生な環境と著しい
栄養失調のため収容中に病死、重労働での事故死が殆どである

アメリカ宇宙衛星より、撮影された北朝鮮全体像と元受刑者・元警備兵の
証言より約20強制収容所の位置と名称が確認されている。
収容所は、粗末なバラックが何棟も並んでいて鉄条網で囲まれているという
状況である。

〇完全統制区域

懲役刑にたとえるならば、ここは収容仮釈放のない終身刑に処せられた者た
ちの終の棲家である。服や靴は、自分たちで作り出さねばならない。
収容者の栄養状態は悪く、雑草や、ネズミを食べる事が日常化している。
疾病にかかった収容者は治療もされず、通常の居住区から離れた隔離バラッ
クに押し込められて死を待つばかりである。          
死んでも刑墓に埋葬されるわけではなく、そのあたりの穴や畑に適当に埋葬
されたり、犬の餌にされたりしてしまう。           
逃走を図った者はただちに射殺される。 
規則違反に対しては公開銃殺のほか、監視官の徒手格闘術の訓練台にされる、
棍棒で百数十回打たれるといった罰が用意されている。    
規則違反といっても食べてはならぬときに食べた、不正に運動をした程度の
ものだが、収容者は銃殺とならずとも、いずれの罰を受けても外傷性ショッ
クにより血液を失って死ぬ運命にある。          
25号管理所(咸鏡北道清津市)ならびに閉鎖された第26号管理所(平壌市
勝湖区域貨泉洞)は政治犯本人を収容するためのもので監獄形態をとり、他の
管理所以上に拷問が頻繁に行われている状況である。

 〇国家安全保衛部第7局管轄の管理所    
 
 1.第11号管理所 - 咸鏡北道鏡城郡冠帽里(198910月に移転)
 2.第12号管理所 - 咸鏡北道穏城郡蒼坪里(19875月に移転)   
 3.第13号管理所 - 咸鏡北道穏城郡豊川里・東浦里(1990年に移転)
 4.第14号管理所 - 平安南道价川市皮虎山周辺
 5.第15号管理所 - 咸鏡南道耀徳郡大淑里など
 6.第16号管理所 - 咸鏡北道化城郡
 7.第22号管理所 - 咸鏡北道会寧市洛生里・行営里・仲峰洞など     
 8.第25号管理所 - 咸鏡北道清津市松坪区域輸城洞(別名:輸城教化所)
 9.第26号管理所 - 平壌市勝湖区域貨泉洞(別名:勝湖里収容所)
 10.27号管理所 - 平安北道天摩郡199011月に移転)

〇社会安全部管轄の管理所
   1.第17号管理所 - 平安南道北倉郡石山里
 2.第18号管理所 - 平安南道北倉郡得長里(第14号とは大同江の対岸)
 3.第19号管理所 - 咸鏡南道端川市大興洞(第105号として報告) 
 4.管理所番号不明 - 黄海北道沙里院市

〇その他の部署管轄の管理所   
 1.
23号管理所 - 咸鏡南道徳城郡楽園里(旧:泥望只里)
 2.管理所番号不明 - 咸鏡南道定平郡   
 3.管理所番号不明 - 慈江道煕川市     
 4.管理所番号不明 - 慈江道東新郡    
 5.管理所番号不明 - 平安北道寧辺郡   
 6.管理所番号不明 - 平安北道龍川郡(第29号ではないか?)

〇文献に現れるが、詳細が不明の管理所
 1.第5号管理所 - 咸鏡南道蓋馬平野(ミネソタ弁護士会国際人権委員会
   アジアウォッチ編『北朝鮮の人権―世界人権宣言に照らして』連合出版、)
 2.第8号管理所 - 慈江道(R. A. Scalapino & Lee Chong-Sik,
   "Communism in Korea", University of California Press, )  
 3.第24号管理所 - 慈江道時郡(恵谷治『金正日大図鑑』、小学館)  
 4.第149号管理所 - 両江道 外、多数の収容所が存在するといわれる。

8.米国の非営利民間団体「北朝鮮人権委員会」発表の収容所

北朝鮮内の少なくとも36カ所の各種収容所最新人工衛星で撮影した証拠写真と
ともに暴露した報告書を発表している。
「秘密収容所:北朝鮮の刑務所暴露」と題する125ページに及ぶ同報告書は、
これまでに知られた「教化所(一般刑務所)」や「管理所(政治犯収容所)」以外
にも、「集結所」や「労働鍛錬隊」と呼ばれる収容施設が、北朝鮮に広範囲に
わたって存在することを、30人の脱北者(北朝鮮を脱出した住民)の証言
基に明らかにした。             
報告書は、国連人権調査官出身のデヴィッド・ホーク氏により作成され、北
朝鮮の各種収容所では強制労働、拷問、暴行など人権蹂躙が広範囲にわたっ
て横行していると明らかにした。              

特に、北朝鮮に対する経済支援には
▲北朝鮮住民の出国許可と送還された脱北者の釈放
▲政治犯収容所の収監者釈放 
▲一般刑務所の非人間的処遇の改善                  
▲国連難民担当官の北朝鮮訪問許可 
▲国際労働機構との対話、などの条件を添えるよう要求した。       
この報告書の序文を書いたアン・アップルバウム氏はワシントンポスト紙に
寄稿した「悪を見なければ悪を防ぐことはできない」と題したコラムで、
北朝鮮の収容所で起きている人権蹂躙問題を伏せておいてはいけないと主張
した。           


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