民団包摂工作の5・17共同声明の教訓


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 韓国親北政権時代の2006年5月17日、朝鮮総連と民団の5.17共同声明が電撃発表された。
 朝鮮総連と韓統連の指示通り暗躍していた民団中央本部執行部役職員が、極秘裏で独断決行したのが5・17共同声明の電撃発表であった。
 だから
韓統連関係者は「数十年間の念願が、ようやく実現した」と歓喜していた。
 マスコミ報道を聴いて、驚愕した民団組織関係者は「民団が乗っ取られた」ことに気づいた。

戦後の左翼は、武装暴力に拠る民団破壊工作を実行し、北送拉致実行以後は、大量の北政権工作員を民団組織内部に潜入させ、内部から包摂する策謀を秘密裏に実行していた。 
 金大中、盧武鉉の韓国親北政権誕生で、民団首脳部に就任した親北左翼が、極秘裏で実行したのが、「5.17共同声明」事件、すなわち民団を朝鮮総連に献上する策謀であった。
 朝鮮総連と韓統連が主導する『6・15共同宣言実践委員会』日本地域委員会の傘下に、民団組織を取り込む極秘包摂(乗っ取り)作戦であった。

北政権と韓国の汎民連・世界各国の親北組織・在日親北組織が、総力を結集して結成した「6・15実践委員会は、金正日主導の韓半島赤化統一の陰謀が、秘められていた。

北政権主導統一実現を目指す6・15共同宣言実践委員会」は、北朝鮮・韓国・日本・世界各国で結成された。その総仕上げが、二〇〇六年の5・17共同声明であった。

 6・15共同宣言」は、金正日と金大中の合作であったことから、
「5・17共同声明」発表に、
韓国の親北政権、駐日韓国大使の熱の入れようは、半端ではなかった。
 水面下で全面的に後押ししていた。
 

  5・17事件を主導したといわれる韓統連の郭東儀は、金大中政権樹立後に北のスパイの身分から、韓国の英雄なった。韓統連と郭東の儀立場が、百八十度変貌した事実を見逃してはならない。
 
 過去、韓半島赤化統一工作を実行したことから、民団から除名された郭東儀を中心とする在日韓国青年同盟と在日韓国学生同盟など反韓団体が結集し、結成したのが韓民統(現韓統連)である。
 また、韓民統の初代議長は、金大中であった。

 
韓民統(現韓統連)は、
在日韓国人団体の看板を掲げているが、現実は朝鮮総連と連携し、北政権の指令通り、韓国の政権打倒と民団破壊活動に並行して、金大中救命運動のみか、韓国の親北左翼人士と組織の支援に奔走した組織である。


 韓民統(現韓統連)の首魁・金大中が「韓国と民団を包摂した黒幕」であった。
 だから韓国でも、在日社会でも「反金正日・反金大中」勢力と人士は、悉く追放された。

 ちなみに金大中は、本貫を金海金氏と主張した。だが金海金氏側は当初、認めなかったという。
 金大中の実父は中国人であり、金大中は二十代の青年時代に越北し、北の金成柱(故・金日成首席)と会って忠誠を誓い、北の工作員になったという説があったからだ。
 いずれ真相が検証され、公開されるであろう。

 金正日・金大中・朝戦総連・韓統連は、なぜ5.17事件を引き起こしたのか。
  なぜ、民団を包摂する必要があったのか?
 北は何故、南北を分断し、六十数年間も人々を苦しめてきたのか? 

その回答は、「拉致と朝鮮総連」に綴られた北送拉致と朝連、民戦、朝鮮総連、韓民統(現韓統連)らによる民団破壊策動と包摂工作をみきわめれば、理解できる。
 5.17共同声明事件の内幕を知れば、理解できる。

 民団包摂の詳細は、書籍「拉致と朝鮮総連」に綴った。ご参照頂ければ幸甚であります。

   北送50年の日 2009年12月14日 在日コリア問題研究所 理事長 鄭龍男

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 参考1ー拉致の目的

  過去の『赤化統一』は、金正日の「強盛大国」に言葉が変わった。だが意味は同一である。

北政権は、北朝鮮を占領した後、先ず韓国、次に日本の占領を目論み一九五〇年に南侵を決行した。
 また金成柱の還暦(一九七二年)迄に『赤化統一実現』を謳い、悪辣なテロを次々と実行した。
 だが南侵も、韓国政府転覆テロも失敗した。

 金正日は一九七四年に、朝鮮総連の活動家一人が、五人を包摂せよという狂気の「祖国統一分工事業」を約五十万人の会員を擁する朝鮮総連に直接指令していた。
 
 分工指令、すなわち事実上の「包摂と拉致の指令」によって、在日・訪日韓国人・日本人が包摂され、秘密北送された。また多くの日本人が拉致され、北送された。日本人に偽装した北の工作員が、日本全国に、韓国に、民団に潜入して、テロを実行した。秘密工作を実行してきた。

 そして金正日は今、金成柱の生誕百年の「2012年強盛大国実現」と謳い、核ミサイルを開発した。
 拉致の目的は「赤化統一」、「二〇一二年・強盛大国実現」のため実行された侵略工作であった。

 
 参考2ー北の工作員
 

 「拉致・包摂・粛清」の恐怖政治は、北朝鮮国内だけで実行された犯罪ではない。
 戦後六十五年間、在日社会の隅々で、激しく強行されてきた。
 
 密かに北に渡り、北で工作教育を受けた工作員が、日韓と在日社会の隅々に潜入し、暗躍していた。

 北の工作員は、暴力的素質に加えて「大嘘を平気で話せる詐欺師の特殊能力」を体得した精鋭である。
 
彼らは「圧力と甘言」を駆使し、時には「カネと異性」で有力者、政治家、学者、言論人を包摂して、あやつり、対日・対南・対民団工作を実行していた。

 北の秘密工作は、5.17事件のように完璧に隠蔽され、ある日突然実行されるのが常である。
 北の秘密工作を事前にキャッチして、阻止することは、事実上不可能であった。

権力闘争に明け暮れた日韓と在日社会は、北の秘密工作実態を知ろうとせず、野放し状態であった。
 当時も今も、日本政府と民団は、秘密工作組織と工作員の実態、工作の目的と手口に関しては、無知を超越して、関心を示さない状態である。
 韓国も、工作員の自首と自白により、工作組織の氷山の一角を把握するのに精いっぱいといわれる。
 
 北の工作員に対する安易で、軽率な姿勢、油断が、5.17事件が発生した第一の原因であった。
 拉致問題、核問題を解決できない原因である。

 北の工作組織を知らず、北政権を知らず、北の軍部の作戦を知らず、北と交渉する「過去の過ち」を
いつまで繰り返すのであろうか。


 参考3ー騙された工作員

 
  「北政権と韓徳銖が練り上げた『地上の楽園』の大嘘に騙され、利用され、在日を北送した。
 その重罪に目覚めた時から、後悔と懺悔の苦痛に苛まれてきた」と語る元朝鮮総連の幹部がいた。
 
 「洗脳され、命令に従い無我夢中であった。だが罪の深さに気付いた」と嘆く元工作員がいた。
 

 親北左翼活動家と工作員の中には、利用された挙句、人知れず粛清された者がいる。
 悲惨な末路を辿った犠牲者がいる。

「この悲劇は今も続いている。親北左翼の活動家たちは、今も洗脳され、踊らされ、気づかぬ内に、恐るべき罪を犯し、自ら地獄に落ちている」と涙を浮かべた人がいた。

 
 参考4ー在日左翼の民団包摂史

一九五九年、在日と日本人の北送拉致が成功し、日本は北の工作基地(スパイ天国)になった。
 一九六十年代に「民団正常化有志懇談会」を結成した在日親北左翼は民団破壊工作を開始した。
  一九六一年、北政権は労働党第4期5次大会において「対南武力革命戦略」を決議したことから、北政権に呼応した朝鮮総連は「政治部」を新設し、韓青と学同の首脳部を包摂した。そして韓国と民団の情報を収集し、対南赤化統一を目論み、韓国政府のと、民団の破壊工作を実行したのである。

関東地区の責任者に郭東儀、関西地区の責任者に金容元を配置し、日本全国の温泉地等で工作員養成の「密封教育」と「研修教育」を実施していた。この密封教育とは洗脳教育であった。
 

 一九七三年、反韓八団体
と関西や各地方組織に潜入していた親北左翼らが「韓民統」を結成し、韓国の政権打倒と民団破壊活動、金大中救命運動を展開した。

 一九八八年、民団中央本部第四十二回定期中央大会(朴炳憲団長)で組織2局が廃局になったことから、親北左翼の民団潜入が容易になり、しかも敵対陣営、対南赤化工作という言葉が民団から消え始め、民団に転向する際の誓約確認などの手続きも何時となく無くなった。

加えて、朝鮮籍から韓国籍への国籍変更が可能となり、そして旅券申請を領事館が直接受理するようになったことから、偽装転向者が容易く民団幹部に就任できるようになった。
 在日左翼が民団幹部の名刺を活用して韓国に直接入国し、工作活動を展開することも可能になった。

油断した民団が組織防衛を事実上放棄した機に乗じて、
一九八九年、韓民統は組織名称を
在日韓国民主統一連合(韓統連)に改称し、関係者を民団と傘下団体に潜入させ、首脳部を包摂する工作を実行した。

フラクションを大幅に拡大した韓統連は中央本部と東海協議会を始め東京本部、神奈川本部、愛知本部、三重本部、大阪本部(生野支部、北大阪支部、東大阪支部)、兵庫本部、広島本部の七都府県で組織を結成し、活発な活動を展開するようになった。
 彼らは三十数年間、在日の中・高生と大学生と青年、女性の包摂に力を
注ぎ、莫大な財政を背景に学生、青年、女性の会員団体を組織し、活動を拡大してきた。
 
その組織は、在日韓国青年同盟(全国に本部、支部)在日韓国民主女性会(東京、東海、大阪)
 在日韓国人学生協議会(
関東・東海・関西)がある

一九九七年には、韓国大統領選挙で、韓統連のドンと云える金大中が当選し。
 一九九八年には、親北左翼政権が誕生したことから、スパイだった
韓統連幹部が威風堂々と韓国に入国できるようになった。
 
しかも民団と朝鮮総連と韓統連幹部らが水面下で頻繁に連絡を取り合うようになったという。
 事実、二〇〇〇年の八月二十四日には朝鮮総連副議長が民団中央本部を初訪問していたという。
 親北左翼の現職幹部が、公然と駐日韓国大使館にも出入りするようになっていた。
 国家保安法により韓国入国禁止であった親北左翼幹部らも逐次、凱旋するかのように訪韓していた。
 元韓統連の幹部が韓国旅券を持ち、民団要職に就任できるようになり、朝鮮総連が独自に企画募集した韓国訪問団が実現した。
 さらに2002FIFAワールドカップサッカー大会の朝鮮総連の独自観戦団も実現した。
 この朝鮮総連の独自
観戦団の入場券三百枚は、電撃的に民団中央本部が提供していた。
 何故、民団は朝鮮総連の参観団を支援し、民団の体育会が主催する韓日共同応援団を無視したのか。
 この民団の姿勢の謎は、後に5・17共同声明発覚に拠り明かされた。
 民団は包摂されていたのである。

民団の在日本大韓体育会中央本部(許寧太会長)が、韓日の民間親善交流促進を願い企画・主催した韓日共同応援団(事務局長鄭龍男)は、親北左翼の執拗な妨害策動により、中止の危機に追い込まれたが、多くの日本人と在日(韓国・朝鮮人)の純粋な熱意と努力で逆風を撥ね退け、大成功を収めていた。

因みに二〇〇三年二月二十三日、韓国のMBC放送が、ドキュメンタリー番組「韓民統の真実」を放送した。この番組に出演した郭東儀は「将を射んと欲すれば、まず馬を射よ」と話そうしていたのか「武将を倒すには先ず武将が乗る馬を射る。金大中は武将であり馬の韓民統が狙われた」と語っていた。
 武将の金大中を支えた馬は、韓民統だと自らを賞賛し、民団を糾弾していた。
 ともあれ郭東儀は自ら「韓民統のボスは金大中だ」と告白していたのである。
 また韓国のMBC放送も左傾化したのか、韓民統を賞賛し、民団を糾弾していた。

そして二〇〇六年二月、駐日韓国大使館の特命全権大使が、麻布の大使公邸に旧韓民統の幹部ら数十名を招待し、激励していたのである。

 この時は、何と民団中央本部の三機関長選挙期間中であった。
 旧韓民統幹部を大使公邸に招待激励することは、親北政権が自ら、公式に在日親北左翼を支持することを告知することになった。この暴挙に対して、当時の民団中央本部は、全く無言であった。
 黙認服従していたといえる。そして同月の民団中央本部の選挙で河丙団長が当選した。

 河丙団長は「民団の歴史は変った。朝鮮総連との和合」という考えを記者会見で示唆したという新聞報道により、民団の路線変更云々の論議を呼んだ。だが驚くのは早かった。
 民団中央執行部の副団長や企画室長等の核心要職に元韓民統の幹部が連なって就任していたのである。
 
 元韓民統の幹部らを大使公邸に招待して激励した大使は、
 民団中央本部の人事を事前に知っていたようである! 真相をお聞きしたいと思う。

  新執行部は常任委員会で早速、民団の重要事業である母訪団(墓参団)事業の中断を極秘裏で指示。
 そして四月、北朝鮮の金桂寛外務次官が来日し、朝鮮総連の南昇佑副議長らと密談していた。
 同月二十四日には、朝鮮総連の統一運動局部長、韓統連の事務総長ら幹部と、民団中央本部執行部の
役員が面談し『6・15共同宣言実践日本地域委員会』に加入する申請書
(参与提議書極秘裏で提出していた。民団組織の規約とルールを完全無視する常軌を逸した暴挙であった。

そして遂に朝鮮総連と韓統連らの念願であった5・17事件が引き起こされたのである。

五月十七日、民団中央本部の団長、議長、監察委員長らが朝鮮総連中央本部を礼訪し、電撃的に「朝鮮総連と民団の和合を謳う5・17共同声明」を発表したのである。
 しかも、金成柱と金正日の写真の前で感激の握手を交わしていたいう。
 
継続して6・15記念行事への参加、8・15光復節行事の朝鮮総連と民団の合同開催、幕張メッセでの一大イベント(朝鮮総連、韓統連、統一教会、民団)の開催も計画していたことが発覚した。
 全ての行事がクーデターに関連していたといえる。
  朝鮮総連と韓統連、そして民団組織に潜入していた工作員らによって、一九七十年代から続いた民団包摂が、遂に実現したと親北左翼関係者は喜びを爆発させていた。

郭東儀は待ち構えていたかのように「朝鮮総連と民団の5・17共同声明」を歓迎すると発表した。
 当時、なぜ韓国ソウルで記者会見できたのか、金大中と親北左翼の関係者のコメントを代弁していたのであろうか。

 続いて元韓民統幹部の民団中央本部・姜英之企画室長は「数十年間の苦労が実り念願が実現した。全国の同志から喜びの電話が殺到している」と発言した内容が新聞記事で報道された。
 
 だが民団組織に告知せず、審議もせず、承認も得ず、当時の民団中央本部三機関長が独断実行した「5・17共同声明」は、民団規約に違反する恐るべき蛮行であったことから民団の顧問を始め中央執行委員、中央委員、代議員、全国の民団組織幹部と団員たちは激怒して行動を起こした。
 5・17共同声明の撤回を求めて、新潟県地方本部の李鐘海団長、権東国常任顧問(軍人会会長)、千葉県地方本部の金豊成団長と金龍雄事務局長、民団の福島県地方本部の故金太河団長らがそれぞれ民団中央本部に文書で抗議した。この勇断に共鳴した全国の民団役職員が正常化委員会を結成した。
 言葉だけでは実行できない。この時に故金太河団長、権東国軍人会会長、栃木韓商の金一雄会長は多額の活動資金を賛助し自ら進んで行動を起こした。この行動を賞賛しなければならない。

こうして民団正常化運動が怒涛の勢いで全国各地に拡大し、「5・17共同声明」、「6・15南北共同事業への参加」「四・二四加入申請」が白紙撤回され、幕張メッセでの朝鮮総連、韓統連、統一教会、民団の合同行事は中止になった。
 そして民団中央本部の団長辞任により臨時中央大会が開催され、新執行部が選出された。
 だが新執行部に正常化運動の先駆者らは登用されていなかった。
 尚且つ、その後も全国の民団(傘下団体含む)正統派幹部らが、巧妙な策謀で次々と組織から追放されていた。民団は正常化されていなかった。トップの首のすげ替えだけであった。 
 
 5・17共同声明の撤回後、金正日は七発のミサイルを、日本海と太平洋の公海に向け発射した。
 しかも、二〇〇七年の新年辞で金正日は「民団の反動分子を葬り去り」、6・15共同宣言実践民族共同委員会を一層拡大するよう教示したことから、民団破壊策動は、より激化していた。

朝鮮総連の第21期大会と議長報告では「在日同胞の統一志向と、団結の念願をみにじり、これを白紙化した『民団の一部悪質幹部を指弾し』…総連は民族最大の宿願である『祖国の統一』を早めるため、運動をさらに力強く繰り広げていく。
 総連は6・15共同宣言実践日本地域委員会と海外側委員会を強化させることの先頭に立ち…『6.15支持勢力の大団結を成し遂げる』。
 『総連、民団の5・17共同声明』で明らかにした和解と団結の精神を変わりなく固守し『韓統連と民団を始めとする』…在日同胞の間で民族団結事業を幅広く成し遂げる」と言明していたのである。

過去、韓民統に民団東京本部が占拠された時、命がけで闘った民団一世の諸先輩の意志を今こそ真摯に学び、その意志を継ぎ、行動を起こすべきであると申し上げたい。


 参考5ー民団の活動方針と人事を決めているのは、何処の誰か。

韓国政府の外郭機関である韓国在外同胞財団が親北政権時代に在日百年史を発刊した。
 だが文中に『民団北送反対運動』の歴史が全く記載されていなかった。
 
 左翼政権と在外同胞財団は拉致問題を黙殺隠蔽していたのである。

  韓国政府だけでなく在日の組織は、なぜ拉致問題に無言なのかと元朝鮮総連幹部が語っていた。
 金正日の分工指令と三十数年間の侵略工作と左翼政権時代の影響が色濃く反映しているのである。
 
 民団の対朝鮮総連対策部局の組織2局が、なぜ廃局になったのか、民団幹部にお聞きしたい。
 朝鮮総連と民団に秘密の直通連絡網が無くて、『6・15共同宣言実践日本地域委員会』の加入申請と「5・17共同声明」を極秘裏で電撃発表できるのか?
 
 民団が北送拉致問題に無言なのは「5・17共同声明」実行と同じ原因だと思う。
 某在日の記者が「今の民団の活動方針と人事は、朝鮮総連が決めている」と語っていた。
 拉致問題を無視する民団の活動方針は、朝鮮総連が決めているといわれても仕方がないと思う。

 近年、拉致問題と北朝鮮の窮状を日本のマスコミが報道している。
 今後は北政権の正体だけでなく韓日と民団に潜入した工作員の実態も明かされると思う。
 阪神大震災の時に民団は被災者救済のため物資を送り青年を派遣して現地で炊き出しをした。
 在日のみか被災地の日本国民を救援した。被災者が苦しんでいる。
  助けを求めている。だから助けなくてはと云う人間の行動であった。
 この人間としての心の行動が民団の精神であり日本の地域住民としての義務でもあると思う。
 今後も北政権の卑劣な工作を黙認することは赦されないと思う。

二00七年一二月七日、鞄揶齠報社(姜昌萬社長)主催の緊急講演会がパシフィックホテル東京で開催された。在問研有志と時代を担う情熱あふれる在日青年有志数十名が運営に携わった。
 約三百名の在日と日本人だけでなく韓国からも国民勝利連合の関係者が来日し出席した。
 民団は講演会の後援名義使用を辞退したが、代表(有志)は参加した。
 主催者から決議文が発表され採決された。
 その決議文の要旨は、左翼政権を終焉させ政権交代を実現し無原則な対北政権支援を中止し、北朝鮮の民主化と拉致犠牲者救済と核兵器廃絶を要求するという内容であった。

二〇〇七年十二月十九日、韓国民は韓国第十七代大統領選挙で李明博候補を当選させた。
 左翼政権を終焉させる政権交代が遂に実現し、北政権主導統一が土壇場で回避できた。
 この選挙で親北政権が続投していたなら五年以内に韓国は北政権に吸収されていたという説があったが、今思えば背筋が凍る。

南侵もそうであったが、北政権は常に最終局面で逆転されてきた。
 そして二〇〇八年四月九日の総選挙では二九九議席中、保守中道系が二百二、親北系が九五、中立無所属が二議席という親北左翼が完敗の選挙結果を生みだした。失われた十年を取り戻す動きが始まっている。
 だが二〇〇九年三月、祖国戦線は「金日成生誕百年(二〇一二年)までに『祖国統一』を実現する」と再南侵を示唆する指令を世界の工作員に発信していた。
 今度は「知らなかった。騙された。後悔している」では済まされない。
 
 在日は、親北左翼の洗脳包摂と粛清のトラウマから脱却し、覚醒して、祖国の平和統一、韓日の親善のためにも北送拉致犠牲者全員の救出運動を身命を賭して展開すべきであると、提言させて頂く。

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