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北朝鮮と在日の左翼史
2007年9月8日 TOPページに戻る
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前書き
人民の人民による人民のための政治、government of the
people, by the people, for the people)は、アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンが、1863年11月19日、南北戦争の激戦
地となったゲティスバーグで、戦没者を祀った国立墓地の開所式での、272語、3分足らずの短い挨拶
(ゲティスバーグ演説)の中のことば。民主主義の本質を語ったものとして世界的に知られる。
北政権に拉致された犠牲者の救出運動とは「奴隷解放運動」であると、私は思っている(鄭龍男)
1945.8.6、米国トルーマンは広島県広島市に原子爆弾投下。一般市民十数万人が死亡。
1945.8.9、米国が長崎市北部に原子爆弾投下。一般市民73,884人が死亡。
※被爆者の日本人と在日コリアンは、放射能後遺症により、今も苦しんでいる。
人類最初の原爆投下を命じたトルーマンの判断は過ちであった。被爆犠牲者は、罪のない、純真無垢な老若男女の市民であった。二度と核兵器に拠る惨禍を惹起させてはならない。
拉致(人権侵害)犯罪を放置する罪とは、戦争犯罪を黙認する重罪であった。(鄭龍男)
◆私(龍男・ヨンナム)が、北政権の故金日成主席を金成柱と呼称する理由◆
国際共産主義運動を展開したスターリンは、極東アジア共産主義革命実現のために、ソ連極東軍第八十八特別旅団・第一大隊の金成柱大尉を、朝鮮の伝説の英雄・金日成将軍に偽装させ、朝鮮に送り、ソ連共産党の植民地政策である「拉致・粛清と偽装虚言の洗脳包摂という最も悪辣・卑劣な「恐怖政治」を韓半島以北で実行した。
他人の姓名盗用は、姓名詐称犯罪である。また民族の英雄の名を語り人々を騙し、虐待し、拉致・粛清・包摂洗脳して、奴隷にし、餌食にする犯罪は、数え切れない重罪である。
この恐るべき数々の犯罪を放置・傍観・黙認する姿勢も、罪である。
◎金日成将軍の偽者である金成柱を金日成と呼称(公認)することは、姓名詐称罪の共犯者である。
何より韓半島以北を植民地にしたソ連共産党軍の大量殺戮の共犯者になることでもあった。
しかも金成柱の犯罪を継承した金正日の独裁・先軍・恐怖政治の共犯者になることであった。
金成柱と金正日が拉致・粛清した犠牲者の家族・親族である私は、金成柱(故・金日成主席)の姓名を金日成と呼称することは、数え切れない犯罪の共犯者になる重罪だと判断し、金成柱の名前は、彼の本名である金成柱と呼称することにした。
その心は、今も人類最悪の偽装虚言に騙され、洗脳され、拉致され、利用された挙句、死に追いやられている洗脳犠牲者、そして拉致犠牲者全員を救出したいという願いである。
ソ連占領軍が、勝手に作った植民地国家・北朝鮮を公認する者は、侵略犯罪の共犯者になる。
朝鮮学校の純真無垢な子供達が、捏造された「偽装虚言の大嘘」の英雄伝説で騙され洗脳され、北送され、拉致され、人質になり、虐待され、死に追いやられる悲劇を黙認できないためである。
1945.08.15 ◆第二次世界大戦終結◆
米国占領軍は、日本の本土と沖縄を占領した。
ソ連占領軍は、日本の北方領土と韓半島の以北を占領した。
ソ連占領軍は、1945年10月20日、極東アジア共産主義革命の前線基地になった韓半島の以北・平壤に、ソ連占領軍の傀儡で構成した共産党分局を設置した。
このソ連占領軍の植民地政策に反対した朝鮮市民は11月3日「朝鮮民主党」を結成した。
これに慌てたスターリンは12月27日、米英両国とモスクワで三国外相会議を行い「モスクワ協定」に調印し、米・英・ソ・中の四カ国による五年以内の韓半島信託統治を強制執行した。
1946年1月2日、朝鮮市民の意志に逆行して、金成柱を責任秘書とする共産党北朝鮮分局は「モスクワ協定」の支持を表明した。金成柱は韓半島を南北に分断し、ソ連軍が韓半島以北を植民地にする暴挙に賛成した。韓半島以北をソ連と中国の植民地にしたのは、金成柱であった。
しかも金成柱は、ソ連占領軍の植民地政策に反対して、決起した「朝鮮民主党」の゙晩植党首を始め朝鮮の有力者と市民たちを悉く処刑した。
金成柱は、朝鮮人を大量虐殺した殺戮魔であり、朝鮮民族の反逆者であり、売国奴であった。
スターリンは、傀儡の金成柱を金日成将軍に偽装させ、韓半島の一つの民族、一つの国土を分断し、東西冷戦の軍事境界線を築き、韓半島以北に、「北朝鮮」という国家を勝手に作った。
ソ連の軍人・金成柱は、韓半島以北の全土を半島収容所に改造し、住民を各地域に隔離した。
そして自由と人権を完全に剥奪した。
以北の朝鮮市民は、南北に離散した家族と永遠に再会できない拉致犠牲者になっていた。
「一千万南北離散家族の悲劇」を発生させたのは、スターリンと金成柱であった。
金成柱は、韓国と日本の占領を目論み、日韓と諸外国・在日コリアンの市民を次々と拉致して、半島収容所に隔離し、虐待・粛清した。人々を洗脳・包摂して利用し、餌食にした。
そして、想像を絶する北の秘密工作員を日本に送り込み、日本の各界各層のかなめに配置して、
その飼犬を操り、対日・対南・対民団工作を実行した。
日本人拉致の目的とは、北の工作員を日本人に偽装させ、日韓に潜入させることであった。
拉致の目的は、スターリンから毛沢東に、傀儡の金成柱から金正日に引き継がれた野望・北朝鮮・韓国・日本の占領支配であった。
中国とロシアは、今も金正日傀儡ファミリーを操り、韓半島以北を占拠し、住民を植民地の奴隷にして虐待している。
この植民地政策は、まぎれもなく朝鮮民族の意思に反する侵略犯罪である。
信託統治期限の1950年、スターリンの忠臣・金成柱は南侵(朝鮮戦争)を決行した。
この悲劇が起きることを知らず当時、日本にいた約200万人以上の在日コリアンのうち約140万人が韓半島に帰国した。のちに約十万人の在日がだまされ、北送拉致された。
日本に残った在日コリアンは、東西の思想政治に翻弄され、血みどろの対立抗争を繰り返した。
六十五年が過ぎた今も、北朝鮮では「恐怖政治の拉致と粛清、偽装虚言の洗脳包摂犯罪」が継続され、韓半島以北の市民は、地獄の苦しみに喘いでいる。
金成柱の罠に嵌った日韓の市民と在日コリアンは、対立して傷つけあう犠牲者になっていた。
今も北朝鮮・韓国・日本・在日コリアンは「蛇に睨まれたカエル」のように東西軍事大国と北政権と朝鮮総連らに怯え、利用され、愚かにも拉致犠牲者を見殺しにしている。
何と愚かな判断であろうか。何と悲惨な悲劇であろうか。
北政権の最も卑劣な犯罪は、南北のみか、韓国政府と韓国民、日本政府と在日コリアンを対立・反目させ、分断し、反日・反韓化した人々を包摂(取り込み)、北政権支持者に洗脳・包摂して利用し食い物にしてきた事である。「ヒトとカネとモノ」を、もぎ取ってきた事である。
北朝鮮問題を解決する道筋は、金成柱の偽装と虚言を見破り、覚醒した北朝鮮・韓国・日本・在日コリアンが、一衣帯水の硬い契りを結び、連帯し、金成柱侵略者ファミリーを韓半島から追放する以外に方策は無いと断言する。
北東アジアの「平和・共生と非核化」を実現する方策は、拉致犠牲者全員の解放のみであった。
194711月14日、国連は1948年3月までに、南北の総選挙を実施し、南北統一政府の樹立を承認し、米ソ両国軍は、韓半島から撤退することを可決していた。
世界各国政府が国連で可決した南北統一案を速やかに実行することが、全ての北朝鮮問題を解決いる唯一無二の政策であった。
この事実を、告発を世界の市民皆様方にお伝えしたい(鄭龍男)。
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1945.09.02 ◆降伏文書調印◆
米国の軍艦ミズーリ号で、日本外相が、降伏文書に調印。
1945.09.08 ◆米ソが韓半島を分割占領◆
韓半島の北緯38度線以北をソ連軍が占領。
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1945.09.19 ◆金成柱の北朝鮮入国◆
金日成はスターリンの極東アジア占領野望実現のため・ソ連占領軍と共に、ソ連軍艦に乗船し、
北朝鮮の元山港に上陸。北朝鮮の有力者と支持者住民を悉く粛清して、権力を掌握した。
恐怖政治に怯えた北朝鮮人民約五百万人が越南し、北朝鮮の人口が大減少したことから一千万
南北離散と南北分断の悲劇、すなわち拉致(日韓朝・在日コリアン)犠牲者の悲劇が発生した。
◆ソ連軍人金成柱の共産主義革命思想政治
◆参考資料:朝鮮労働党の唯一思想体系確立の十大原則(前文の一部も抜粋記載)◆
1945年以降の北政権の先軍政治の目的を考察するため、下記の十大原則を記載する。
※前文
○われわれは偉大な首領金日成同志(金成柱)が指導される栄光の時代、金日成(金成柱)時代に生き
戦っている。人類が生んだ革命の英才であられる、偉大な金日成同志(金成柱)を首領に戴いてい
ることは、わが党と人民の最高の栄誉であり、最大の幸福である。
※十大原則
敬愛する首領金日成同志(金成柱)は、人類解放の救いの星であり、世界革命と国際共産主義運動
の偉大な指導者である。首領は偉大なチュチェの旗印のもとに、わが人民を歴史上はじめて自主
の道へと導くことによって、抑圧されていた世界のすべての国、すべての民族を隷属と不平等に
反対し、独立と自主、平等のために勇敢に奮いたたせ、帝国主義に反対し社会主義、共産主義を
めざす人民の闘争の行く手を明るく照らし世界革命と国際共産主義運動を勝利へと導いている。
すべての党員と勤労者は、敬愛する首領を永遠に高くおし戴き、首領にあくまで忠誠を尽くし、
全党と全社会を偉大な金日成同志(金成柱)の革命思想で一色化する歴史的偉業を輝かしく遂行す
るため次のような党の唯一思想体系確立の十大原則を徹底して守らなければならない。
一 偉大な首領金日成同志(金成柱)の革命思想で、全社会を一色化するために命を捧げて闘争しな
ければならない。
二 偉大な首領金日成同志(金成柱)を忠誠をもって高く仰ぎ奉らなければならない。
三 偉大な首領金日成同志(金成柱)の権威を絶対化しなければならない。
四 偉大な首領金日成同志(金成柱)の革命思想を信念とし首領の教示を信条化しなければならない
五 偉大な首領金日成同志(金成柱)の教示の執行において、無条件性の原則を徹底して守らなけれ
ばならない。
六 偉大な首領金日成同志(金成柱)を中心とする全党の思想意思的統一と革命的団結を強化しなけ
ればならない。
七 偉大な首領金日成同志(金成柱)に学び、共産主義的風貌と革命的活動方法、人民的活動作風を
所有しなければならない。
八 偉大な首領金日成同志(金成柱)から授かった政治的生命を大切に守り、首領の大きな政治的信
任と配慮に高い政治的自覚と技術により、忠誠をもって報いなければならない。
九 偉大な首領金日成同志(金成柱)の唯一的指導のもとに全党、全国、全軍が一体となって動く強
い組織規律を確立しなければならない。
十 偉大な首領金日成同志(金成柱)が開拓された革命偉業を、代を継いで最後まで継承し完成して
いかねばならない。
◆全世界における、主体(チュチェ)思想の勝利のために最後まで戦わなければならない◆
一、たとえ一瞬間でも、ひたすら首領のために生き首領のためには青春も、生命も、喜んで捧げ
どんな逆境の中でも首領にたいする忠誠の一念を変えないことを肝に銘じなければならない。
偉大な首領金日成同志から授かった政治的生命を身につけることは我々の最高の栄誉であり
首領の政治的信任に忠誠をもって報いること、ここに政治的生命を輝かしめる真の道がある。
二、政治的生命を第一の生命と考え生命の最後の瞬間まで自分の政治的信念と革命的節操をまげ
ることなく、政治的生命のためには肉体的生命を塵芥のごとく捧げることを知らなければな
らない.
三、全党と全社会に唯一思想体系を徹底して確立し、首領が開拓された革命偉業を代を継いで
輝かしく完遂するために、首領の指導のもとに党中央の唯一的指導体制を確立しなければ
ならない。
◆在日共産主義者の対日・対南・対民団工作
1945.10.15 ◆朝連(在日本朝鮮人連盟)結成◆
※朝連は本来、韓半島への帰国斡旋、生活相談、福利厚生対策、朝鮮語講習など、在日コリアン
の生活権擁護団体として発足する予定であった。しかし、金天海ら在日共産主義者に乗っ取ら
れた朝連は、極東アジア共産主義革命組織に変貌した。
○金天海らの在日共産主義者は、朝連の武装組織青年隊・自治隊・保安隊・自衛隊等を結成し、
対日 ・対南・対民団破壊工作を開始した。
○北朝鮮の共産党北朝鮮分局(祖国統一民主主義戦線?)と日本共産党と共闘する在日共産主義者は
日本で新たに結成された祖国防衛委員会、祖国防衛隊と、日本共産党非合法組織(山村工作隊
や中核自衛隊)は、日本全国で、日本と韓国の共産主義革命を目指す武装闘争を開始した。
また全国各地の民団事務所も襲撃した。GHQが朝連を解散させたが、北の祖国統一民主主義
戦線に従う「在日本朝鮮統一民主戦線」(民戦)が、1951年に結成された。
民戦は、日本共産党の民族対策部と連携し、日韓の共産主義革命闘争を拡大した。
○だが北政権が、1950年に決行した6.25南侵は失敗した。
○1955年に、民戦などの左翼組織を糾合した朝鮮総連が結成された。
○1956年には、朝鮮大学校が設置された。
朝鮮大学は、学生を朝鮮総連のイルクン「活動家」に育成し、北の工作員も輩出したという。
○1959年から開始された北朝鮮への帰国・帰還運動により、朝鮮学校・朝鮮大学のみか、日本
の学校を卒業した若者たちが、「北朝鮮は地上の楽園」という大嘘に騙され、北送された。
○その結果、約八万七千人の在日と六千八百人の日本人が北朝鮮で拉致される「北送拉致事件」
が発生した。
○拉致され、人質に成った北送拉致犠牲者を利用し、日本にいる在日家族と日本人家族から金品
を毟り取る犯罪を実行した朝鮮総連は、在日コリアンを連座制粛清で脅し包摂・洗脳し、利用
し、 北の工作員に仕立て上げるなど、数々の工作を実行した。
北送拉致に協力した日本の政界・言論界の有力者、学識者を包摂して「北朝鮮は地上の楽園」
など、北政権に有利な世論を喚起した核心犯は、朝鮮総連と朝鮮学校の役職員であった。
朝鮮総連は、朝鮮学校を北政権崇拝洗脳教育学校に改造し、活動家を養成した。
○当時、在日北送と朝鮮学校・朝鮮総連を支援したのは、日本政府と各界の有力者であった。
日本共産党と社会党だけではなかった。
○1961年、北朝鮮労働党第4期5次大会で「対南武力革命」が明確になり、朝鮮総連内
に政治部が設置され、韓国政府転覆と民団組織破壊を目的とする解放区が、日本国内に
設置され、関東地区は郭東儀、関西地区は金容元が責任者に任命された。
○北の工作員は、逮捕されても、取り調べ最中に北朝鮮に送還されていた。
事実上の無罪放免になる北の工作員を逮捕した警察・公安関係者が左遷されるなど、日本の一
部有力政治家の暴挙で、日本は北の工作基地になっていた。スパイ天国に成った。
○在日の北送拉致により、朝鮮労働党の工作員が「万景峰号」で日本に大量上陸し、民団のみか、
日本と韓国の各界各層に潜入し、工作活動を本格的に開始した。
日本政府有力者の水面下の庇護もあり、日本の警察と公安は手出しできない状況となり、日本は
スパイ天国だと世界中から揶揄されるようになった。
また北送拉致・人質犠牲者を餌にして万景峰号に朝鮮総連のみならず、民団の幹部と日本家族
を「万景峰号」に召集し、泊りがけの洗脳包摂工作を実施し、多くの傀儡工作員を養成した。
○北朝鮮で工作教育を受けた在日工作員が民団組織に潜入し、民団組織内にフラクションを扶植
する工作を本格的に開始した。
そして全国各地の温泉地などで北政権賛美の洗脳工作である「密封教育」「研修教育」を泊り
がけで実施し、洗脳包摂した者を万景峰と秘密工作船で北送し、工作教育・訓練を受けさせ、
次々と、北の工作員に養成し、対日・対南・対民団工作を実行させた。
○1962年、民団中央本部は、北政権の統一案に追従し、民団組織内で暗躍していた郭東儀大韓
青年会(韓青)委員長ら一派を停権処分に付した。
○北朝鮮国内の工作員の日本人偽装教育の目的で、日本人が拉致北送され始めた。
北朝鮮スパイであった尹考同は、1970年に郭東儀(後の韓民統議長)を北朝鮮に秘密入国させ
たと供述しているが、対南工作教育と指令を受けたといわれる郭東儀ら左翼勢力は、韓国政府
転覆と民団組織の破壊、包摂(乗っ取り)を目的とする韓民統を1973年に結成した。
そして激しい対民団破壊工作を実行した。
この韓民統の首魁(初代議長予定者)は、金大中(後の韓国大統領)であった。
北政権と朝鮮総連の後押しで韓民統のドンになった金大中は、韓国親北左翼のドンになった。
在日の朝連、民戦、朝鮮総連らと韓国の親北左翼と北の工作員らは朝鮮労働党の唯一思想体系
確立の十大原則どおり、故金日成主席(金成柱)の教示に盲従する精鋭の工作員たちであった。
○6・15共同宣言実践民族委員会を結成した親北左翼は2006年の4.24策謀(民団地中央本部
の6・15実践委員会への加入申請提出事件)、朝鮮総連との5.17共同声明事件を主導した。
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1945.11.16 ◆建青(朝鮮建国促進同盟)結成◆(反共在日韓国人青年有志により組織)。
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1945.12.16 ◆韓半島信託統治◆
韓半島に米・ソ共同委員会が設置され、5年間の信託統治が決定。
韓半島全土で熾烈な反信託統治運動が展開された。だが共産党(主義者)は
1946.年1.2月に信託統治賛成に急旋回。
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1945.12.17 ◆在日朝鮮人の参政権停止◆
日本敗戦後の衆議院議員選挙法改正により、旧植民地出身者(在日朝鮮人・
台湾人)の選挙権・被選挙権が「停止」された。
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1946.01. ◆在日朝鮮留学生同盟(留学同)結成◆(共産・朝連系)
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1946.01.20 ◆建同(新朝鮮建設同盟)結成◆(反共在日韓国人壮年有志により組織)
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1946.02. ◆朝連の第2次大会事件◆ 朝連は反共組織の建青・建同の粉砕を決議。
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1946.03. ◆滝野川事件◆建青城北支部結成日に朝連青年自治隊員200余名が乱入襲撃。
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1946.03.16 ◆日本への再入国禁止◆GHQ指令。(在日・約60万人)
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1946.03. ◆建国工業学校、建国高等女学校(大阪)創立◆
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1946.04.04 ◆初等教育開始◆「国語講習所」が上・中・下の三年制初等学院として編成
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1946.04.05 ◆第二ウリ学校開校◆金剛学園(大阪)の母体・第一、第二ウリ学校開校。
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1946.07.31〜◆韓国人拉致指令◆
金成柱が韓国人のインテリと若者を南朝鮮から拉致するよう工作員に教示。
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1946.09.20 ◆京都朝鮮人教育会設立◆京都韓国学園の起源。
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1946.10.03 ◆民団(在日本朝鮮居留民団)結成◆ (反共在日韓国人により組織)
(建同は解散し民団に合流、建青は民団の青年組織として存続)。
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1946.10.05 ◆東京朝鮮中学校創立◆
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1946.11. ◆日本国憲法公布◆
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1946.11.20 ◆「朝鮮人の地位及び取り扱いに関するGHQ総司令部渉外局発表」◆
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1946.12.15 ◆GHQ、 朝鮮人の帰還計画終了を発表◆
(帰国者・約140万人、残留者・約53万人)
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1947.03. ◆トルーマン・ドクトリン=東西冷戦の幕開け◆
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1947.03.31 ◆日本政府、「教育基本法」及び「学校教育法」公布施行◆
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1947.05.02 ◆外国人登録令・同施行令公布、即日施行◆
在日コリアンは、戦前は強制的に日本人にされた。
だが戦後は、一方的に外国人にされた。
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1947.05.13 ◆京都韓国学校の前身、京都朝鮮中学校開校◆(9月に京都府知事認可)。
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1947.11.14 ◆国連の南北朝鮮統一協議案の承認通過◆
国連総会での韓半島独立手順に関する協議案が国連で承認通過した。
※1948年.3月までに南北の総選挙を実施して、南北統一政府を樹立。
米・ソの両軍は韓半島から撤収し、南北朝鮮の自主独立を承認するという内容であった。
だが金成柱が国連臨時委員団の入国を拒否したため、韓半島(南北)の統一が霧散した。
◎この国連案に沿っていれば、韓半島の平和統一は実現していた。
◎6.25南侵動乱も起きず、多くの戦死者、人権被害者の悲劇は発生しなかった。
◎権力と名誉欲に溺れた金成柱は、南北統一を事実上拒否した反逆者であり売国奴であった。
◇在日コリアンが、金成柱と韓徳銖の偽装虚言に騙された結果、今も韓半島は分断されたまま である。
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1948.01.30 ◆ガンジー(78歳)が暗殺される◆
ガンジーはイギリスの植民地支配とローラット法(恐怖政治の治安維持法)に「非暴力・不服従
運動」で対抗し民衆を覚醒させ、インドを独立に導いた。
「私は失望するといつも思う。歴史を見れば真実と愛は常に勝利を収めた。
暴君や殺人狂の為政者もいた。一時、彼らは無敵にさえ見える。だが結局は滅びているのだ」
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1948.01.24 ◆文部省学校教育局長通達◆「朝鮮人設立学校の取扱いについて」。
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1948.04.05 ◆朝鮮学校閉鎖令◆大阪、兵庫、岡山の各知事が朝鮮学校閉鎖令を発令。
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1948.04.24
◆阪神教育闘争◆(朝鮮人学校閉鎖反対闘争)兵庫県知事、閉鎖令を撤回。
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1948.04.25 ◆米占領軍、阪神地区に非常事態宣言発令◆ 朝鮮人を多数検挙。
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1948.04.26
◆金太一少年死亡◆大阪府庁前で2万人朝鮮人集会。警官隊の発砲で死亡。
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1948.05.05 ◆覚書交換◆朝鮮人教育対策委員会と文部省の間で。
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1948.06.04 ◆覚書交換◆大阪朝鮮人教育問題共同闘争委員会と大阪府知事.
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1948.07.17 ◆韓国の憲法制定、公布◆
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1948.08.15 ◆大韓民国政府の樹立◆ ◆米軍政廃止◆
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1948.09. ◆韓国政府、民団を正式承認◆
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1948.09.09 ◆朝鮮民主主義人民共和国を宣布◆
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1948.12.10 ◆国連、世界人権宣言採択◆
◆前文◆
人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利を承認することは、
世界における自由、正義及び平和の基礎であるので、人権の無視及び軽侮が人類の良心を踏み
にじった野蛮行為をもたらし、言論及び信仰の自由が受けられ、恐怖及び欠乏のない世界の到来
が、一般の人々の最高の願望として宣言されたので、人間が専制と圧迫とに対する最後の手段と
して反逆に訴えることがないようにするためには、法の支配によって人権を保護することが肝要
であるので、諸国間の友好関係の発展を促進することが肝要であるので、国際連合の諸国民は、
国連憲章において基本的人権、人間の尊厳及び価値並びに男女の同権についての信念を再確認し
かつ一層大きな自由のうちで社会的進歩と生活水準の向上とを促進することを決意したので、
加盟国は国際連合と協力して人権及び基本的自由の普遍的な尊重及び遵守の促進を達成すること
を誓約したので、これらの権利及び自由に対する共通の理解は、この誓約を完全にするために
もっとも重要であるので、よってここに国連総会は社会の各個人及び各機関が、この世界人権宣
言を常に念頭に置きながら加盟国自身の人民の間にも、また加盟国の管轄下にある地域の人民の
間にも、これらの権利と自由との尊重を指導及び教育によって促進すること並びにそれらの普遍
的措置によって確保することに努力するように、すべての人民とすべての国とが達成すべき共通
の基準として、この人権宣言を公布する。
第1条
すべての人間は生まれながらにして自由であり、かつ尊厳と権利とについて平等である。
人間は理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。
○国際人権規約 (1966年12月16日国際連合第21回総会において採択)
■経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)
(1979年8月4日条約第6号 発効1979年9月21日)
◆前 文◆
この規約の締約国は国連憲章において宣明された原則によれば、人類社会のすべての構成
員の固有の尊厳及び平等のかつ奪い得ない権利を認めることが世界における自由、正義及
び平和の基礎をなすものであることを考慮し、これらの権利が人間の固有の尊厳に由来す
ることを認め世界人権宣言によれば自由な人間は恐怖及び欠乏からの自由を享受するもの
であるとの理想は、すべての者がその市民的および政治的権利と共に経済的、社会的およ
び文化的権利を享有することのできる条件が作り出される場合に初めて達成されることに
なることを認め、人権および自由の普遍的な尊重及び遵守を助長すべき義務を国際連合憲
章に基づき諸国が負っていることを考慮し、個人が他人に対し及びその属する社会に対し
て義務を負うこと並びにこの規約において認められる権利の増進及び擁護のために努力す
る責任を有することを認識して次の通り協定する
第1部☆ 第1条
1。すべての人民は自決の権利を有する。この権利に基づき、すべての人民はその政治的
地位を自由に決定し並びにその経済的、社会的及び文化的発展を自由に追求する
2。 すべての人民は互恵の原則に基づく国際的経済協力から生ずる義務及び国際法上の義
務に違反しない限り、自己のためにその天然の富及び資源を自由に処分することがで
きる。人民はいかなる場合にも、その生存のための手段を奪われることはない。
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1948.12.01 ◆大韓民国政府、国家保安法を制定公布◆
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1949.〜 ◆南侵の準備◆(北朝鮮による韓国侵略戦争準備)
ソ連のスターリンは中国との紐帯を強化し、北朝鮮を衛星国化した。
金成柱は、ソ連および中共の支援と武器を得て、戦時体制をひき、軍隊養成、兵力補充(壮年・
青年・学生を総動員)。ソ連軍事顧問団の指導で南侵‘先制打撃計画’を立案。
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1949.02. ◆韓学同と朝学同に分裂◆
朝鮮学生同盟(学同)関東本部総会で左右分裂
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1949.03.01
◆大阪で私立朝鮮学校24校が設立認可◆
北朝鮮の金日成崇拝教育を強化。
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1949.05.31 ◆白頭学院、文部省から財団法人認可◆この日を創立記念日とする。
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1949.06.25
◆祖国統一民主主義戦線結成◆〜28(平壌)
南北朝鮮の民族統一戦線を単一組織に一本化。
祖国戦線中央委員99人中、81番目に韓徳銖、
82番目に北朝鮮の副首相の洪命熹。
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1949.08. ◆朝連300人による民団事務所襲撃事件◆(朝連と民青の解散原因となる)
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1949.09.08
◆「団体等規制令」を適用◆
暴力主義的活動を行う朝連、民青に対して解散命令、財産没収。
以後朝連は、日本共産党の民族対策部の指導下で活動続行。
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1949.10.19 ◆「学校閉鎖令」発令◆
日本政府が、朝連系の朝鮮学校に対して発令、白頭学院のみ認可。
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1949.11.01 ◆文部省事務次官通達◆「公立学校における朝鮮語等の取扱いについて」。
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1949.11.04 ◆「改組令」◆日本政府、朝鮮学校に対して発令。
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1949.11.15 ◆文部省通達◆「朝鮮人私立学校の設置認可について」
旧朝連による朝鮮学校運営を禁止
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1950.01. ◆祖国防衛委員会、祖国防衛隊結成◆。(6.15南侵に共闘する武力組織)
祖防隊員は、日本共産党の非合法組織(山村工作隊や中核自衛隊)と共に
日本各地で武力闘争を展開。1955年の朝総連結成により合流解散。
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1950.03.14 ◆財団法人金剛学園認可◆(3月30日、学校名を「金剛学園」と改称)
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1950.06.25 ◆6.25南侵動乱勃発◆〜1953.07.27
ソ連製T―34戦車を先頭にした圧倒的戦力を保持した金日成による南侵
動乱がぼっ発、兵力と装備が劣る韓国軍は、後退を繰り返した。
戦死と避難民、国土の大荒廃、家屋の大焼失など韓半島は廃墟になった。
※6.25南侵時、韓国人96,013人が拉致され、北送された。
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1950.07. ◆左翼の祖国防衛隊、各地民団事務所を襲撃◆。
大和市で三ヶ月の市街戦。
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1950.08. ◆民団自願(志願)軍、米軍に入隊、横浜港から出港。仁川上陸作戦に参加◆
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1950.12.28
◆大村収容所設置◆
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1951.01.09 ◆民戦(在日朝鮮統一民主民族戦線・武装闘争)結成◆
=日本共産党民族対策部と連携 。
北朝鮮の「祖国統一民主主義戦線(祖国戦線)」の路線に追従する武装闘争
実行組織。
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1951.03. ◆白頭学院、一条校として学校法人認可◆
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1951.09.08 ◆サンフランシスコ講和条約締結◆
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1951.10.04 ◆出入国管理令の制定◆(政令第三百十九号)出入国管理庁設置令公布。
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1952.01.18 ◆韓国政府、李承晩ライン(平和ライン)宣言◆。
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1951.03.28 ◆外国人登録法公布◆
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1951.04.28 ◆サンフランシスコ講和条約発効◆
→旧植民地出身者は自動的に日本国籍離脱。
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1952.04.30 ◆戦傷病者戦没者遺族等援護法公布◆。国籍条項。
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1952.04.28 ◆日本政府、朝鮮人子弟は「恩恵」として日本人学校入学を認める方針表明◆
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1953.01. ◆日教組、第二回教研大会で初めて朝鮮人教育問題を討議◆。
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1953.02.11 ◆文部省通達◆朝鮮人子弟の義務教育学校就学は国内法厳守を条件とする旨。
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1953.03.25 ◆内閣法制局見解◆「公権力の行使または国家意思の形成への参画に携わる
公務員となるには日本国籍を必要とする」と見解。 |
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1953.05.18 ◆京都朝鮮学園、初めて学校法人として認可◆。
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1953.07.27 ◆停戦協定締結◆ 国連軍と北朝鮮軍(ソ連軍)・中共軍が停戦協定文に署名。
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1953.07.28〜◆韓国人拉致北送◆ 停戦後も北朝鮮は韓国人の拉致北送を継続。
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1954.01. ◆日本赤十字、朝鮮赤十字委員会に電報◆
残留日本人と在日朝鮮人の送還事項。
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1954.04.08 ◆金剛中学校開校◆
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1954.04.26 ◆東京韓国学校創立◆
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1955.02. ◆北朝鮮南日外相声明◆(日本に国交樹立呼びかけ)。
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1955.04.01 ◆東京朝鮮学園を学校法人認可◆東京都知事。
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1955.04. ◆外国人登録に指紋押捺開始◆
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1955.05.25 ◆在日本朝鮮人朝総連合会結成◆(朝鮮朝総連―以下:朝総連と呼称する)
民戦など左翼組織が結集。北朝鮮の金日成崇拝団体として活動展開。
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1955.12. ◆日本赤十字の書簡◆ 赤十字国際委員会に在日朝鮮人の大量帰還要望
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1956.01.
◆日本赤十字の書簡◆
外事部長井上益太郎、赤十字国際委員会に決断促す内容。
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1956.04.10
◆朝鮮大学校創立◆
学生達は総聯のイルクン「活動家」としての任務遂行を義務化。
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1957.02. ◆日本赤十字の書簡◆
日赤島津社長、赤十字国際委員会に在日朝鮮人の大量帰還要望。
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1957.04.08 ◆北朝鮮から第一次教育援助費及び奨学金送付◆(金日成崇拝教育強化政策)
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1958.04.04 ◆学校法人京都韓国学園設立、京都韓国中学校◆。
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1958.08. ◆帰国運動を公開で開始◆ 朝総連、北朝鮮への在日朝鮮人北送事業開始。
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1958.10. ◆第15回拡大中央委員会◆朝総連の韓徳銖議長、帰国事業実現のために開催。
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1958.11. ◆帰国協力会結成◆
自民党→鳩山一郎、社会党→浅沼稲次郎、共産党→宮本顕治など大物政治
家を始め文化人、著名人が多数名を連ねる。日本人社会全体が在日の帰国
を支援しているとの印象を世間に与えるに十分な効果をもたらした。
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1959.01. ◆日本政府、在日朝鮮人の北朝鮮送還方針を発表◆
北政権と一体となり推進。
日本のマスコミも大々的に報道し、在日朝鮮人の帰国を煽った。
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1959.02.25 ◆民団、《北送反対闘争委員会》を結成◆。
民団有志が全国で集会、街頭デモ、署名など決死の北送反対運動を開始。
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1959.03.24 ◆日赤の朝赤への電報◆
井上益太郎外事部長「北送者は日本に戻れないとの認識」を北朝鮮に打電。
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1959.08.13 ◆カルカッタ協定◆ 在日朝鮮人の帰還に関する日朝赤十字協定。
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1959.08.23 ◆北送反対デモ展開◆
赤十字国際委員会の委員長来日時、民団有志約1500名。
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1959.12.13 ◆日本政府の閣議承認◆ 在日朝鮮人の北朝鮮送還
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1959.12.14 ◆第1次帰国船、新潟港出港◆ 在日朝鮮人を北朝鮮に送還。
1984.07.25迄、総計93,340人が北送拉致(朝総連は帰国・日本は帰還)された。
・朝鮮人86,464人、日本人6,839人、中国人7人、不明 30人。
・民団は北送反対運動を展開、先発北送者が朝鮮総連に騙された事を在日家族に知らせた結果、
54,778人の北朝鮮帰還申請者が申請を取消。また帰国申請を考慮していた数十万人も取消。
もし北送反対運動と先発北送同胞の知らせが無ければ、現在、日本に永住する在日同胞の半数
以上が北朝鮮で地獄の生活をしていた。
現在の在日同胞数十万人が「拉致・粛清・餓死地獄の生活から救済された。
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1960.04.19 ◆韓国の4.19学生革命◆。
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1960.08.14 ◆南北連邦制を提案◆ 金日成8.15慶祝演説で発表。
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1960.08.27 ◆南北総選挙実施を主張◆
張勉国務総理、民主的平和統一&国連監視下で実施案。
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1961.08.31 ◆大阪市立西今里中学校廃校◆ 中大阪朝鮮中級学校として発足。
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1961.05.16 ◆韓国で、5.16軍事クーデター◆
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1962.11.03 ◆法政二高殺人事件◆ 神奈川朝高生、日本の高校生に殺害される。
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1963.04.16 ◆京都韓国高等学校併設開校◆
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1963.05.01 ◆朝総連、祖国自由往来運動の方針決定◆
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1963.05〜6 ◆朝高生に対する集団暴行事件多発◆
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1963.11.22 ◆ジョン・F・ケネディ米合衆国大統領が暗殺される◆
「祖国があなたに何をしてくれるかを尋ねてはなりません、あなたが祖国のために何ができるか
考えて欲しい」「人類の共通の敵」暴政・貧困・疾病および戦争と戦うために」
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1963年 ◆日本人の拉致北送◆〜1983年
日本政府の認定拉致被害者は17名。救う会の認定7名、
特定失跡者問題調査会の推定拉致被害者は、約100名。
日本人以外にマカオ系中国人、レバノン人、マレーシア人、タイ人、ルーマ
ニア人などの拉致被害者が判明。北政権による日本人、外国人の拉致犯罪は
韓国、朝鮮民族の威信を汚した民族反逆犯罪であった。
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1965〜現在 ◆北朝鮮の核開発◆
米当局は1990年代に核兵器数個の保有を確認したという?
・1965年→研究用原子炉(1RT-2000) )「旧ソ連提供」
・1985年→実験用原子炉(独自開発、黒鉛減速・ガス冷却炉)
・1994年→建設凍結の原子炉二基(フランスG2モデル)
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1965.06.22 ◆日韓基本条約及び諸協定の調印◆(1966.1.17日発効)
−韓国は「韓半島における唯一合法政府」。「朝鮮」は符号
−法的地位協定「韓国」籍を認定、12月出入国管理特別法公布(協定永住)
※悲惨な被害を被った在日コリアンへの補償処置が無かったとの批判もある。
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1966.01.02 ◆北朝鮮への初往来◆ 日本政府の認可により在日朝鮮人2名。
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1966.04.01 ◆外国人学校法案の構想◆ 自民党が表明。
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1967.04.01 ◆日本国民健康保険法を適用◆ 永住権取得の在日韓国人に対して。
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1967.04.21 ◆日本赤十字社、北朝鮮への帰国協定の打ち切り通告◆
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1967.05.24 ◆朝総連の第8回全体大会◆(〜26日)
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1967.05.〜 ◆マグチャビ粛清◆拉致・収容・拷問・処刑の恐怖政治の暗黒時代に突入。
金日成の恐怖政治を継承した金正日は、北の軍事を除く、全分野の実権を握っていた「甲山派」
を完全粛清。※労働党の中央、地方の大多数(半数以上)の委員が、空席となったといわれる。
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1967.09.09 ◆文部省通達◆ 「朝鮮大学校の取扱いについて」(認可を抑制)。
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1968.01.21 ◆韓国大統領官邸(青瓦台)に奇襲攻撃◆
北朝鮮武装ゲリラ31名。韓国軍人に偽装して潜入した北の武装ゲリラ31人が朴正煕大統領ら
韓国要人暗殺を企図し,韓国大統領官邸(青瓦台)から数百メートルの路上で民間人5人と警察官
1人を射殺。韓国当局により武装ゲリラ31人のうち30人が射殺され、1人が検挙された。
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1968.01.23 ◆プエブロ号拿捕◆ アメリカ情報収集鑑
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1968.02.15 ◆金剛中学を大阪韓国中学校、金剛高等学校を大阪韓国高等学校に改称◆
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1968.03.12 ◆日本政府、「外国人学校法案」国会上程◆
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1968.04.04 ◆米国「キング牧師」暗殺される◆
(非暴力による人種差別撤廃と各人種協和運動指導者)「わたしには夢がある.それは,いつの
日か,かつての奴隷の息子と奴隷所有者の息子が兄弟として同じテーブルに腰をおろすことだ」
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1968.04.17 ◆朝鮮大学校を各種学校に認可◆
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1970.04. ◆郭東儀、北朝鮮に入国◆
1960年代から70年代にかけて、朝鮮総連は民団要員を包摂し、ベトコン派に養成していた。
郭東儀(後の韓民統議長)は、北朝鮮スパイの尹考同の案内で北朝鮮に秘密入国したという。
対南工作教育と指令を受け、のちに民団包摂(乗っ取り)対南赤化工作組織・韓民統を結成し、
6.15実践委員会、2007年の4.24(6.15実践委員会加入申請参与提議書提出事件)5.17
共同声明事件を朝総連とともに主導した。
◆韓民統と民団潜伏工作員の民団包摂工作◆
○1968年、左翼ベトコン派の鄭在俊が民団東京本部の団長に選出され、金允鍾が神奈川本部議長
に選出。民団組織内に左翼勢力が大量潜入し、未曾有の混乱事態が引き起こされた。
○1970年、「東湖、郭東儀ら民団左派は、金日成教示を学習、反民団組織結成に合意。
※1971年、金大中来日。「東湖ら在日ベトコン派(対南工作員達)と接触。
○1971年、左派(ベトコン派)に占拠された民団東京本部を奪還、正常化するため民団中央は、
東京本部の直轄処分を決定、本部建物の引渡しを要求したが、左派占拠者達の武力抵抗により、
10数名の負傷者を出す乱闘、傷害事件が発生。
同年4月、在日同胞韓国留学生の徐勝兄弟が間諜(北朝鮮対南工作スパイ)容疑で逮捕される
○1972年、左派(民団東京・韓青・学同等)70余人が民団中央本部に乱入。団長らを監禁、
暴行した事件により、同年の民団第20回中央委員会で韓青・学同の傘下団体認定取消し決定。
〇1972.10.17、韓国全土に非常戒厳令。10月維新。来日中の金大中、韓国政府打倒を宣言。
在日ベトコン派の中心人物、「東湖、郭東儀、金載華、鄭在俊、趙活俊、金鍾忠らの呼応を得る
〇1973.05.民団中央監察委員会は、郭東儀ら多数のベトコン派の除名処分を公告。
○1973.08 金大中主宰の下に「東湖、金載華、鄭在俊、趙活俊、金鍾忠、梁相基らが東京都内
で会合。韓国政府打倒、韓民統日本本部の政治綱領、政策、役員構成を審議、確定。
この内情などによって金大中事件が発生したという未公開情報が一部で噂されていた。
〇1973.08.15 韓国民主回復統一促進国民会議(韓民統)結成。
=(民団破壊、対南赤化工作組織)
※民団を追放されたベトコン派と朝総連など在日左翼活動家たちにより構成される。
※韓民統は金大中の救出運動を積極展開。
◆民団の乗っ取り工作と関連組織および活動と関連事件など◆
○1974年、朝総連、「祖国統一宣伝教養隊」による対南工作、民団破壊活動開始。
○1975年、学園浸透(北朝鮮)スパイ団事件、主に関西出身の在日留学生十八名が逮捕された。
○1977年、池之端事件発生。朝総連主催の「海外韓国人民主運動代表者会議」に抗議した在日
fff 韓国青年会員76名が警察に拘束される。
○1983年、北朝鮮によるミャンマーアウンサン廟爆破・韓国政府要人暗殺テロ事件。
○1985年、北のスパイ辛光洙が韓国で逮捕。のちに釈放され北朝鮮に入国。北で英雄待遇。
○1989年、韓民統、在日韓国民主統一連合(韓統連)に名称を変更。
○1989年、林秀卿、北へ密入国し、平壌での第13回世界青年学生祝典に参加。
○1990.年、1991年、北朝鮮での「汎民族大会」(〜8.18)に朝総連、韓統連代表が参加。
○1991年、祖国統一汎民族連合(汎民連)日本地域本部結成。
○1994年、民団中央本部団長、朝鮮総連を支持する左翼政党の日本社会党大会に出席(史上初)
〇1997年、解放52周年に祖国統一3大憲章の体系化、理論、実践を発表。非公開で総力結集。
。 水面下で新対南赤化統一組織(6.15実践委員会)結成準備を開始。
〇2000年、金大中大統領訪朝、南北首脳共同宣言発表。(6.15共同声明)
〇2000年、8月24日、朝総連副議長が民団中央本部を初訪問。
〇2000年、朝総連組織が直接、募集、引率し、訪韓する故郷訪問団が実現。
※韓国の国家保安法により訪韓不可であった韓統連の郭東儀など朝総連と韓統連の関係者が次々
と訪韓し、金大中大統領をはじめ政府、マスコミから英雄の如く歓待され、報道されるという
、信じられない異常な現象が顕れ始めた。
○朝総連は、初の故郷訪問団実現に並行し、2002FIFAW杯サッカー韓日大会の独自参観団企画。
ff総力を結集して入場券手配に奔走。「韓日共同応援団」に協力を要請。
「韓日共同応援団」の入場券手配担当者(鄭龍男)は、共同応援団に参加ならOK」と回答。
朝鮮総連関係者が北政権に報告。北の指令は「韓日共同応援団参加は絶対禁止」の返答。
北政権も入場券手配に奔走した結果。民団中央本部が朝鮮総連に入場券を提供。朝鮮総連は
独自の参観団を構成。訪韓した。ff民団が朝鮮総連の要請を受理した経緯は、民団の上層部と
担当事務局員のみが知り、今も謎である。
fff
※民団内潜入工作員の任務:反北人士の調査と追放、抹殺(虚偽のデマ、中傷などの流布)。
は民団幹部の包摂、民団組織左傾化工作、工作員の民団役職員就任を推薦、支援(選挙含む)。
※工作員の特徴@雄弁家でウソを正当化できる特殊工作教育を北朝鮮で受けた詐欺師能力修得。
fff
●2004年12月 6.15北、南、海外共同行事、北側準備委員会(北政権の総力を結集)結成(平壌)
●2005.年には6.15の中国、独立国家共同体、カナダ地域、在米地域、南朝鮮の各委員会、
ひ日本地域準備委員会(朝総連、韓統連の代表らで構成)結成に続き、海外側準備委員会を結成。
ひこれによって全世界北朝鮮工作組織を統合した6.15北朝鮮、南朝鮮、海外側準備委員会を結成
◆6・15共同宣言実践民族委員会の民団包摂と韓国赤化統一工作◆
●2005年12月、6.15共同宣言実践民族委員会の旗揚げ、民団中央本部三機関長選挙、4.24、
5.17、6.15、8.15イベントに加え、年末の大統合イベントを協議したといわれる。
●2006年2月、在日韓国民団中央本部団長選挙で元朝総連イルクン河丙トを団長に当選させ、
こ記者会見で「民団の歴史は変った。朝総連との統合」という路線変更示唆発言をさせた。 ・翌3月、河丙ト団長執行部は母国訪問団中止、脱北者センター停止を極秘決定。
・翌4月、北朝鮮の金桂冠外務次官が来日、朝総連の南昇佑副議長などと面談。
・同月、韓統連と朝総連が主導する6.15南北共同宣言共同事業に民団中央執行部が参加を表明。
・同月24日、民団組織に告知せず、朝総連の統一運動局部長、韓統連事務総長等の北朝鮮工作員
こ実務幹部と極秘面談、対南赤化統一工作組織「6.15共同宣言実践日本地域委員会」に加入申請
こする参与提議書を河丙ト民団中央本部団長名で提出した。
・翌5月17 日、民団中央本部団長、議長、監察委員長など代表役員が朝総連中央本部を電撃訪問
、民団規約に違反して「朝総連、民団の5.17共同声明」を発表した。
◎郭 東 儀、韓国ソウルで記者会見:事実上、民団を傘下に収めた旨を示唆する発言。
◎民団の姜英之企画室長は、韓民統(韓統連)時代から数十年間の苦労が実り念願が実現した
。全国の同志から喜びの電話が殺到したと有頂天になっている発言が毎日新聞で報道された。
◎同月、在日と民団組織に告知、審議せず、了解も得ず、極秘推進した河丙ト団長の規約違反行
こ為に激怒した民団有志たちが【5.17共同声明】の白紙撤回要求、抗議文、団長罷免を要求す
こる署名運動を開始。だが行動を起こした民団有志を脅迫、中傷、迫害する策謀が相次いだ。
しかし民団員、支部の決起により民団中央執行部は6.15南北共同事業参加と「5.17共同
声明」を白紙撤回した。この時期、金正日が7発のミサイルを発射した。
※9月、河丙ト団長辞任による民団中央民団臨時大会開催で新執行部が選出された。
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1970.06.17 ◆関釜フェリー開通◆
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1970.10. ◆反民団組織結成に合意◆
こ「東湖、郭東儀ら左派(ベトコン派)金日成教示を学習、民団破壊組織の
結成に合意。
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1970.12. ◆東京都、「私立学校教職員研修費」支給開始◆
こ 以後、朝鮮学校への助成金各地に拡大。
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1971.01. ◆金大中来日◆ 「東湖らベトコン派と金大中と接触。
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1971.04.20 ◆徐兄弟逮捕◆ 在日同胞韓国留学生の間諜(北朝鮮対南工作スパイ)団事件
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1971.05.12 ◆北朝鮮への帰国事業再開◆北送拉致再開
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1971.06. ◆万景峰号就航◆
初代船は1971年就航。現在の「万景峰92」は1992年進水の3代目。
北朝鮮・清津造船所で完成。建造費用約80億円は在日朝鮮人の寄付で賄われた。
在日の設計、技術、機材、資金が日本から北朝鮮に送られ、北朝鮮で建造された。
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1971.08.13. ◆東京本部乱闘事件◆
左派(ベトコン派)に占拠された民団東京本部を奪還、正常化するため民団中央は、東京本部の
直轄処分を決定、本部建物の引渡しを要求したが左派占拠者達の武力抵抗により、10数名の負傷者を出す乱闘、傷害事件が発生。
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1972.03. ◆民団中央団長を監禁、暴行◆
左派民団東京・韓青・学同等70余人、民団中央本部に乱入、団長ら監禁、暴行。
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1972.06.06 ◆第三国旅行が初認可◆在日本朝鮮人教職員同盟代表団が出国、再入国。
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1972.07.04 ◆7.4南北共同声明発表◆=自主・平和・民族的大団結の3大原則
。
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1972.07. ◆韓青・学同の傘下団体認定取消し決定◆ 民団第20回中央委員会で決定
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1972.07.26 ◆北朝鮮への再入国が認められ出発◆朝鮮学校の児童生徒が初めて
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1972.08.30 ◆南北赤十字社第1次本会談◆
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1972.09.29 ◆日中国交正常化◆ 田中角栄・周恩来両首相が署名。
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1972.10.12 ◆南北調節委員会共同委員長第1次会議◆
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1972.10.17
◆韓国全土に非常戒厳令◆【10月維新】。
こ来日中の金大中、政府打倒宣言。在日ベトコン派の中心人物、「東湖、郭東儀、
こ金載華、鄭在俊、趙活俊、金鍾忠ら金大中に呼応する。
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1973.05. ◆郭東儀ら多数のベトコン派の除名処分を公告◆民団中央監察委員会が決定
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1973.06.23 ◆朴正熙(パクチョンヒ)大統領、平和統一外交政策宣言◆。
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1973.08.
◆金大中主宰の下に韓民統結成準備会議◆
「東湖、金載華、鄭在俊、趙活俊、金鍾忠、梁相基らが東京都内で会合。
こ 韓国政府打倒、韓民統日本本部の政治綱領、政策、役員構成を審議、確定。 1973.08.08 金大中事件。
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1973.08.15
◆韓国民主回復統一促進国民会議(韓民統)結成◆
=(民団破壊工作、対南赤化工作組織) 韓民統は金大中の救出運動を積極展開。
※民団を追放されたベトコン派と朝総連、在日左翼活動家たちにより構成される。
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1973.11.28 ◆南北赤十字社第1次実務代表接触◆
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1974.01.28 ◆朴正熙大統領、南北相互不可侵協定締結提議◆
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1974.06.19 ◆祖国統一分工事業組織指導要綱を実行◆
金正日の指令により朝鮮総連が全国に通知、実行した。
民団人士、来日韓国人、日本の各界有力者に接触、包摂し、工作員に養成。
より高位級人士、子供から年配に至るまで社会のすべての階層の人々を包摂し、工作員に養成
するため朝総連活動家一人が5人の民団員、韓国人、日本人を包摂するよう指令。
以後、政界、経済界、学会、文学界、言論界など各界各層の人士を包摂し、韓国は勿論、日本、在日のすべての機関、団体、そして政治家、学者、ジャーナリストなど各界各層に工作員が配置されたという。※この当時、日本人が多く拉致されていた。
参考:工作員養成(洗脳)方策。
1945年当時も南朝鮮、日本、在日などで工作員を養成していた。
特に1960年代から70年代は青年、学生達を集中して包摂、養成、入北させたといわれる
北朝鮮では地域社会、家庭、学校教育など社会全般で幼児期から徹底して洗脳教育を実施。
「この世の中で唯一私達を幸福にして下さるアボジニム(父上様)金日成将軍様に身も、心も
すべてを捧げ忠誠を誓います」等と幼児期からの洗脳教育を受けた子供達は両親や兄弟でも
告発したという。
在日では朝鮮学校(小、中、高、大)で北政権崇拝教育を行い数十万人のイルクン(活動家)
を育成し各組織に配置した。日本学校に通う学生や韓国に留学する在日を包摂し入北させ、
工作員に養成し、民団、韓国、日本の各界各層に潜入させ、工作を遂行した。
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1974.06.19
◆日立裁判で横浜地裁は日立側敗訴の判決◆
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1974.08.15 ◆朴正熙大統領狙撃テロ事件、令夫人射殺される◆
犯人の文世光(在日・大阪)逮捕。当時の韓青、学同は朝鮮総連傘下にあったという。
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1974.08. ◆大阪で「在阪韓国人の生活を守る会」発足◆
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1974.10. ◆大阪八尾市で「トッカビ子ども会」スタート◆
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1974.10. ◆朝鮮総連「祖国統一宣伝教養隊」による対南工作、民団破壊活動開始◆
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1974.11. ◆関西で「民族差別と闘う連絡協議会」結成◆
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1975.01. ◆大阪府は在日朝鮮人の公営住宅への入居資格を認めると発表◆
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1975.04.14 ◆民団の墓参団事業始まる◆
(朝鮮籍同胞の母国【韓国】故郷訪問団)・神奈川、川崎。
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1975.11.20 ◆山陰朝鮮初中級学校、学校法人認可。全ての朝鮮学園が法人認可取得◆。
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1975.11.22 ◆学園浸透(北朝鮮)スパイ団事件◆
主に関西出身の在日留学生十八名が逮捕された。
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1976.09. ◆白頭学院、韓国人学校としての教育路線確立◆
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1976.08.18 ◆板門店(パンムンジョム)斧蛮行事件◆
米軍大尉と中尉が殺され、8人が怪我。
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1977.01.12 ◆朴正熙大統領、年頭記者会見で「先平和、後統一」政策強調◆
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1977.08. ◆池之端事件◆親北左翼主催の「海外韓国人民主運動代表者会議」に抗議
した在日韓国青年会員76名が警察に拘束される。 |
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1977.09.21
◆最高裁判所裁判官会議で韓国人も司法研修生として採用することを決定◆
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1977.09.21 ◆電電公社が国籍条項撤廃を発表◆
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1977.09. ◆久米裕さん、石川県宇出津で北朝鮮工作員に拉致北送される◆
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1978.10.17 ◆第3南進トンネル発見◆
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1979.01.
◆米中国交回復◆
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1979.10.26 ◆韓国朴正煕大統領射殺事件◆
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1979.12.12 ◆軍事クーデター(全斗煥)◆
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1980.02.06 ◆南北総理間対話のための第1次実務代表接触◆
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1980.04.01
◆日本政府、在日同胞に公営住宅入居資格を認定◆
国民金融公庫・住宅金融公庫貸付資格で国籍条項撤廃。
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1980.05.18 ◆光州事件(〜27日)◆
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1980.06. ◆原敕晃さん、宮崎県青島海岸で北朝鮮工作員に拉致北送◆
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1980.09.01 ◆全斗煥大統領就任◆
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1981.06.05 ◆全斗煥(チョンドゥファン)大統領、南北当局最高責任者会議提議◆
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1982.01.01
◆出入国管理及び難民認定法制定(特例永住)◆
外国人登録法改正、義務年齢14歳から16歳へ・確認申請3年毎〜5年毎へ変更
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1982.06.05
◆国民年金・児童手当・出入国管理令改正案、衆参両院本会議を通過◆
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1982.08.15
◆全斗煥大統領、北朝鮮および共産圏同胞の自由で安全な祖国訪問保障宣言◆
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1982.09.01 ◆国・公立大学外国人教員任用法施行◆
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1983.04.24 ◆全国在日朝鮮人教育研究協議会(全朝教)」結成◆
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1983.09.21 ◆NHK、講座「アンニョンハシムニカ」を決定◆
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1983.10.09
◆北朝鮮によるミャンマーアウンサン廟爆破テロ事件◆
(韓国政府要人暗殺爆破テロ)。 北朝鮮貨物船の船員に偽装してビルマ(現ミャンマー)に潜入した北朝鮮武装ゲリラ3人が,
同国を親善訪問中であった全斗煥韓国大統領を始めとする韓国政府要人の暗殺を企図して,
大統領一行の訪問先である「アウンサン廟」において爆弾テロを引き起こし,
韓国外務部長官等21人を死亡させ,47人を負傷させた。
○ビルマ当局により武装ゲリラ3人のうち1人が射殺され,2人が逮捕された。
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1983.11. ◆第18富士丸乗組員ら、北朝鮮に抑留◆
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1984.05.
◆郵政省外務員の国籍条項撤廃◆
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1984.08. ◆金正日を金日成の後継者と正式に呼称◆
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1984.11.15 ◆第1次南北経済会談開催(板門店)◆
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1985.01.
◆新国籍法施行◆
→父母両系血統主義採用(在日68万人→減少・ニューカマー増加傾向)
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1985.02. ◆北朝鮮スパイ辛光洙、韓国で逮捕◆
のちに釈放され北朝鮮に入国。北朝鮮では英雄としての特別待遇を受けている。
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1985.03. ◆ゴルバチョフがソ連共産党書記長就任◆
「私は収穫の時には立ち会わないかもしれないが、今のうちにまけるだけの種をまいておきたい
と思う」とペレストロイカ(改革)とグラスノスチ(情報公開)を進め米ソの和解を実現、東西冷戦
の終結に貢献し軍縮を進めるなど世界平和に貢献した。
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1985.09.20 ◆南北離散家族と芸術団の南北相互訪問◆
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1985.11.19 ◆金剛学園の中高校、一条校として認可◆
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1985.12. ◆北朝鮮が核拡散防止条約(NPT)に加盟◆
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1986.09. ◆9月マルスム(お言葉)◆
=北政権は朝鮮総連に「経済的自立」「営利事業」推進と利益の北送を指令。
=朝総連内部に不信感拡大、朝銀破綻。日本政府1兆4000億円の公的資金投入。
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1987.01.20 ◆法務省、指紋押捺は1回とする外国人登録法改正案を発表◆
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1987.01. ◆民闘連全国代表者会議で参政権の必要性を強調◆
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1987.06.10 ◆大阪韓国学校、一条校認可を機会に「金剛学園」に改名◆
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1987.06. ◆改正外登法施行(指紋1回・外登証のカード化)◆
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1987.11.29 ◆北朝鮮工作員、大韓航空機(KAL858便)爆破事件◆
日本人名義の偽造旅券を所持した北朝鮮工作員の金勝一と金賢姫がバグダッド発アブダビ,バン
コク経由ソウル行きの大韓航空機858便に時限爆弾を仕掛け,アブダビからバンコクへ向かう
途中のビルマ南方アンダマン海域上空で爆破させ乗員乗客115人全員を死亡させた。
○バーレーン当局により2人は身柄を拘束されたが両名は服毒自殺を図り金勝一は死亡。
○金賢姫の供述等から同人らは朝鮮労働党対外情報調査部に所属し,北朝鮮において「ソウル
・オリンピックを妨害するため大韓航空機を爆破せよ」との指令を受けていたことが判明した
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1988.02.25 ◆盧泰愚大統領就任◆
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1988.03.
◆民団、地方参政権運動を行う方針決定◆
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1988.08.15 ◆盧泰愚(ノテウ)大統領、南北首脳会談開催提議◆
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1988.09.17 ◆88ソウル オリンピック開催◆〜10.2)。
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1989.02.19 ◆韓民統、在日韓国民主統一連合(韓統連)に名称を変更◆
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1989.06.30 ◆平壌青年学生祝典参加者林秀卿(イムスギョン)北へ密入国◆
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1989.07.01 ◆林秀卿、平壌での第13回世界青年学生祝典に参加◆
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1989.08. ◆社会党議員に不正政治献金疑惑表面化◆
朝総連系P業者から不正政治献金疑惑
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1989.11. ◆ベルリンの壁が崩壊◆
ゴルバチョフのペレストロイカ、東欧共産主義の崩壊に影響。
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1989.11. ◆マルタで米ソ首脳会談。冷戦終結◆
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1990.02.28
◆北朝鮮スパイ徐勝釈放◆
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1990.06.01 ◆「出入国管理及び難民認定法」改正法施行◆。
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1990.08.13 ◆北朝鮮で開催された「汎民族大会」に朝総連・韓統連代表参加◆〜8.18)
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1990.09.04 ◆第1次南北高位級会談開催◆(ソウル)
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1990.09.04 ◆金丸元副総理ら訪朝◆国交正常化交渉の開始で合意。
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1990.10. ◆韓国・ソ連国交正常化◆
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1990.11. ◆東西ドイツの統一◆
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1991.01. ◆日・韓外相、「在日韓国人の法的地位及び処遇に関する覚書」交換◆ 「'91年問題」→協定3世指紋押捺廃止。(在日の約80%が日本人と結婚)。
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1991.01.30 ◆日・朝国交正常化のための第1回会談→11月5日決裂◆
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1991.03.02 ◆札幌ユニバーシアード冬季大会開幕◆
初の朝総連・民団共同応援。統一旗使用。
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1991.03.22 ◆外国人教員を採用通知◆
文部省、公立校「常勤講師」に外国人教員採用を都道府県教育委員会に通知。
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1991.04.29 ◆第41回世界卓球選手権大会で南北統一チームを民団・朝総連が共同応援◆
在日同胞は祖国の統一を望むがゆえに歓喜し応援を繰り広げたが、後に北朝鮮の利害目的の政治
ショーであった事実に気づいた。
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1991.08.15 ◆北朝鮮で「汎民族大会」開催。朝総連、韓統連代表参加◆
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1991.07.27 ◆南北物資、初直接交易◆
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1991.09. ◆ソウルで第1回南北首相会談◆
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1991.09.17 ◆南北、国連同時加盟◆
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1991.09.28 ◆朝鮮労働党と自民党、社会党訪朝団の3党共同宣言◆
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1991.09.30 ◆韓国とソ連が国交樹立◆
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1991.10.07 ◆祖国統一汎民族連合(汎民連)日本地域本部結成◆
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1991.11.01 ◆入管特例法施行◆
「特別永住」資格新設(在留資格が一本化)。再入国期限も5年に。
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1991.11.29 ◆第1次南北体育会談開催◆。
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1991 12.11 ◆南北首相会談◆〜13日)で和解と不可侵、協力・交流に関する合意書。
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1991 12. ◆金正日、朝鮮人民軍最高司令官に就任◆
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1992.01.30 ◆北朝鮮、核保障措置協定に署名◆
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1992.06.01 ◆「外国人登録法の一部を改正する法律」公布◆
永住者・特別永住者の指紋押捺制度廃止
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1992.08.24 ◆韓国と中国の国交樹立◆
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1992.10.17 ◆「大阪府在日外国人教育研究協議会(府外教)」結成◆
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1993.02. ◆国際原子力機関(IAEA)が、対北朝鮮特別査察決議◆。
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1993.02.25 ◆金泳三大統領就任◆
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1993.03. ◆北朝鮮、準戦時体制を布告◆
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1993.03. ◆北朝鮮、核拡散防止条約(NPT)を脱退することを宣言◆
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1993.04. ◆金正日書記を国防委員長に就任◆
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1993.04. ◆「民団」の名称から居留を削除→定住の姿勢を明確化◆
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1993.05.20
◆インターハイへの参加を承認◆。
全国高体連、各種学校や専修学校は未加盟のままインターハイへの参加を承認。
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1993.06.13 ◆北朝鮮、IAEAからの即時脱退を表明◆
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1993.06. ◆金日成・カーター会談◆
南北首脳会談と北朝鮮の核開発凍結に合意。
北政権は韓国大統領金泳三との南北首脳会談実施提案合意。1年後の金成柱は突然死亡。
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1993.06. ◆北朝鮮、核拡散防止条約(NPT)脱退を保留◆
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1993.12.
◆北朝鮮、条件付でIAEAの査察受け入れ回答◆
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1994.01. ◆民団中央本部団長、日本社会党大会に出席◆(史上初)。
朝鮮総連を支持する左翼政党の日本社会党大会に出席。(史上初)。
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1994.02. ◆北朝鮮、申告済みの7施設のIAEAの査察に同意◆
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1994.04.25 ◆大阪府警、朝総連大阪府本部強制捜査◆
1994.06.06 ◆京都府警、朝総連京都府本部強制捜査◆
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1994.07.04 ◆金日成主席死去◆
●金日成民族●
金正日は 1994年、金日成死亡100日に、いわゆる労働党中央委員会責任活動家達との談話で、 “今、海外同胞たちは朝鮮民族を ‘金日成民族’と言っている”と話し、平壌放送も1995年に
“我が民族は首領を始祖とする
‘金日成民族’であり, 現代の我が国は,首領が立てた金日成朝鮮
”とも言った.。1996年の平壌放送は ‘金日成民族’に引き続き‘金正日民族’を新しく紹介しながら彼らが先導する ‘民族’という正体を次のように明確に表現した.
私たちは太陽を仰ぐひまわり、私たちは太陽の国で住む
‘金日成民族’, ‘金正日民族’,
太陽が永遠であるように ‘金日成民族’‘金正日民族’は永遠無窮であるのだ.”と。
朝総連中央大会で‘金日成民族’と公言する民族反逆者がいた。
古来より檀君民族、倍達民族(倍達の民)、韓国においては「大韓民族」あるいは「韓民族」
北朝鮮においては「朝鮮民族」とも呼ばれてきたことを否定し、‘金日成民族’‘金正日民族’
思想を教育、洗脳しょうとしている。
金成柱は国連の平和統一案を事実上拒否し、スターリンと毛沢東など外勢を呼び入れて 南侵を
決行し、数百万人の南北韓同胞を殺戮し、金正日もマグチャビ粛清で北朝鮮人民を虐殺し、
300万人以上を餓死させ、拉致を遂行した犯罪人である。
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1994.10.21 ◆米朝が包括的な枠組み合意文書に調印◆。
◆北朝鮮の外交の特徴◆
・北朝鮮は食糧難、経済・財政難により崩壊寸前の危機を迎えると必ず北朝鮮国内の不満を抑える
最強の方策として諸外国との和解協力交渉に合意、またはスポーツ交流等の和合と融和ムードを
演出するイベント政治ショーを開催し、体制の安定を図ってきた。
しかし北朝鮮はカネとモノ、利益を得た時点で必ず難癖を付け、一方的に合意を破棄してきた。
過去、数十年間の裏切り詐欺外交を考慮すれば、その特徴が推測可能と思う。
ちなみに北朝鮮工作員の口癖は騙される者が悪いと堂々と開き直ることだという。
北朝鮮と米国が1994年10月に調印。核査察受け入れの段取りを明記、北朝鮮の核開発凍結と 関係改善への道筋を定めた査察受け入れの見返りに、米国などがプルトニウムを抽出しにくい
とされる軽水炉型原発を提供し、軽水炉完成までの代替エネルギーとして重油を年50万トン供 給するとした。95年3月、北朝鮮に軽水炉2基を提供する国際事業体「朝鮮半島エネルギー
開発機構」(KEDO、本部ニューヨーク)が発足した。
米国や韓国、日本、欧州連合等によって組織されている。
査察は原子炉など重要部品を引き渡す前に実施するが当初2003年を予定していた軽水炉の
完成が遅れ、査察も実現していなかった。
A 枠組み合意内容一部を要約抜粋
T。両国政府は北朝鮮の黒鉛減速炉および関連施設を軽水炉施設に転換する事に協力する
1.米国は約2000メガワットの発電総量を持つ軽水炉計画を北朝鮮に提供する準備
を行う。
2.米国は黒鉛減速炉およびその関連施設凍結によって生産不能になるエネルギー補填
準備を行う。
・代替エネルギーとしては暖房と発電用の重油が供給される。
・重油の供給は年間50万トンの割合で行われる。
3.北朝鮮は軽水炉の提供と暫定的な代替エネルギーに対する米国側の約束を受け入れ
る際、黒鉛減速炉とその関連施設の建設を凍結し、最終的にはこれらを解体する。
4.本文書日付後できるだけ速やかに米国・北朝鮮の専門家たちによる二種類の協議を
行う。
・代替エネルギーおよび黒鉛減速炉から軽水炉への転換を話し合う。 ・使用済み燃料の貯蔵と最終的な処理についての具体的な取り決めを協議する。
U。両国は、政治的、経済的関係の完全な正常化に向けて行動する。
1.両国は通信サービスや金融取引の制限を含め貿易、投資に対する障壁を軽減する
2.領事その他の技術的問題が解決された後、それぞれの首都に連絡事務所を開設する。
3.米国・北朝鮮は両国間関係を大使級の関係に進展させる。
V。両国は核のない朝鮮半島に基づいた平和と安全のために協同する。
1.米国による核兵器の脅威とその使用がないよう米国は北朝鮮に公式の保証を与える。 2.北朝鮮は朝鮮半島非核化に関する南北共同宣言の履行に向けた取り組みを一貫して
行う。
3.北朝鮮は南北対話に取り組む。
◇米朝交渉主席代表ロバート・L・ガルーチ
◇朝鮮民主主義人民共和国 第一外務次官 姜錫柱
B 北朝鮮の思惑。
北朝鮮の思惑は米国との融和ムードを造成することにより、国内の不満を押さえ込み食糧、
物資とエネルギーを確保、韓国の左翼化、諸外国の北朝鮮支援、6.15実践委員会(赤化統一
実践組織)結成、次の(現在の6カ国協議)米朝協議でテロ支援国家指定解除、米朝不可侵条
約の締結、韓国からの米軍撤退、日朝の国交回復を実現し、マネーを手に入れ、その資金で
工作を遂行し、韓国の赤化統一を成し遂げ、次に日本侵攻を目的にしているという。
《1990年代に北朝鮮が核兵器を開発していたことを米国は確認していたとも云う。
C 1994年の枠組み合意の結果。
※核廃絶の合意ではなく「軽水炉への転換を話し合う具体的な取り決めを協議する」という
事実上、話し合う条件だけの合意と言える条件で北政権は@軽水炉の提供、A年間50万トンの重油入手、B貿易、投資の障壁軽減の経済保証を入手。C韓国からの投資、左翼政権樹立等と段階的な北の侵攻阻止防護壁と海岸線防護鉄条網の排除、北からの侵攻を可能にする京義線・東海線鉄道・道路の連結、開通。米国の核無使用保証を取り付けなど南侵環境を整備した。
D日本からのコメ60万トンをはじめ、
E世界中からの国際支援(食糧、物資、経済)獲得。
F1997.鄭周永現代グループ名誉会長訪北、牛501頭支援、のちに超莫大な資金援助、
金大中大統領訪朝時は持参金数億ドルのお土産話も噂された。
Gこの資金で6.15共同宣言実践民族委員会(全世界工作統合組織)を結成、民団包摂の総仕上
げ工作である5.17共同声明作戦を機密推進したとの専門家 の分析意見もある。
※自然条件、地理条件をまったく無視した金正日の幼稚な「主体農法」等の政策失敗により
農業耕地が破壊され、年間数百万トンの食糧不足が加速、1995年頃からは数百万人の餓死
者が出始め且つ経済破綻(アジア最貧国に没落)により、数十万人が脱北亡命避難した。
しかも北朝鮮人民の殆どと労働党中央、地方の半数以上が世襲に反対していたといわれる。
金正日は反抗する甲山派<北朝鮮の軍を除く、すべての分野で実権を握っていた>を粛清し
党の中央、地方の委員の大多数が欠員になったという。
当時の北政権は崩壊寸前であったが米国の助けで崩壊を免れた。
〇黄長Y・元北朝鮮労働党書記の証言。
「崩壊寸前の北朝鮮政権と金正日を生かしたのは、米国と南韓政府の太陽政策であります。」「太陽政策は核武装容認など北朝鮮の軍事力強化を助け、南韓内の親北朝鮮反米分子たちを
助けています」「北朝鮮独裁統治者たちは平和と民族共助の看板を掲げて南韓人民たち
の警戒心を麻痺させながら、一方では南韓の左派政権樹立のために暴力的方法も準備し
ている。」「金正日独裁政権さえ除去されれば、核兵器問題を含めた全ての問題を全て
解決する事ができる」
D 米朝枠組み合意事項を一方的に破棄。
※北政権は重油、食糧、経済支援、左翼政権樹立、親北ムード造成などの目的を手中に収
めると2002年に「核凍結の解除」表明、核施設の封印と監視カメラ撤去要求、査察官に
国外退去命令。核拡散防止条約脱退宣言。寧辺原子炉の再稼働など、枠組み合意を一方的
に破棄した。
E 北朝鮮の軍事行動。
※合意後も表では核廃棄を唱え、裏では1997.年のテポドン発射、西海での交戦、坪島
付近での南北交戦、日本海での不審船領海侵犯、西海延坪島付近での南北交戦。ミサイル輸
出、日本海に向けた地対艦ミサイルの発射、万景峰号でのミサイル部品密輸事実(米上院で
証言)などの戦時体制、先軍政治を,北朝鮮は着実に強化していました。
のみならず核実験に成功させ、核兵器を保持、配備を完了させた。
F 結果
※米国は崩壊寸前の北朝鮮政権を生かし、食糧と経済支援を行い、北朝鮮にミサイル、
核兵器を開発させた。
※2007年の北朝鮮は、すべての分野で史上最悪の状況に陥っているとの情報があります。
例えば、インドのインディアン・ワールド・イベンツ紙が、新聞トップ一面で、『偉大な金
日成、金正日同志を、平和の偉大な指導者と称え、賞賛している』と北朝鮮のメディアが、
大々的に、国内に報道していることであります。
このイベンツ紙は、登録住所に事務所も無い、一般インド人は、誰も知らない新聞で、月に
2回1000部を印刷しているが、スポンサーである北朝鮮の全額負担の依頼で、北朝鮮中央
通信記者2名が書いた記事を、特別に4000部印刷し、1500部は北朝鮮に送ったとのオー
ナー証言が、日本のテレビで報道されました。これは、ヤラセどころか、偽装詐欺の事件であります。
このイベンツ紙新聞をインドの大新聞の報道として北朝鮮のニュース番組で報道しなけ
ればならないほど北朝鮮は、自力で人民を統制できなくなっているという。
叉、外貨不足、物資の枯渇、食糧難、大水害等でインフラが崩壊し、人民の統制が混乱し、
アリラン祝祭が中止され、南北首脳会談が直前で延期されたとも言われております。
北朝鮮政権が崩壊し、民主化が実現すれば北朝鮮人民、拉致被害者、収容所に収監され
ている被害者全員が解放されます。北朝鮮経済も農業もすべての問題が解決します
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1995.01 ◆人種差別撤廃条約を日本批准・発効◆
帰化者、年1万人を越える→帰化者増加傾向(1952〜96年、20万6千人)
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1995年頃 ◆金正日の粛清◆〜現在
米朝の枠組み合意の後、金正日は大量粛清を敢行。叉、主体農法の失策による食糧難による
餓死者が急激に増大し、脱北難民が中国のみかベトナム、タイ、台湾等にも拡散している。
(常時20〜30万人と推定)
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1995.02 ◆最高裁判決の参政権判断◆
「定住外国人に地方参政権を与えることを憲法は禁じていない」と判断。
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1995.03.30 ◆朝鮮労働党と自民・社会・さきがけ3党国交正常化交渉早期再開で合意◆
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1996.03.06 ◆中体連、外国人学校生徒の参加を認める決定◆
97年度から全国中学校体育大会に外国人学校生徒の参加を認める決定。
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1996.05.13 ◆神奈川県川崎市、消防職を除外した全職種から国籍条項撤廃◆
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1996.05.31 ◆国際サッカー連盟、2002年ワールドカップ韓日共催を決定◆
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1996.06.24 ◆韓日共同応援団◆
フランスW杯サッカー大会で韓国、日本代表チームを応援(〜29)。
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1997.05. ◆日本政府、横田めぐみさんら10人が、北朝鮮に拉致されたことを認定◆
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1997.08.04 ◆祖国統一3大憲章の体系化、理論、実践を発表、対南赤化工作を指令◆ 6.15委員会の計画を密かに推進していたといわれる。
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1997.08. ◆日朝外務省審議官級予備会談で、日本人妻里帰りを合意◆
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1997.10. ◆金正日が朝鮮労働党総書記に就任◆
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1997.11. ◆森喜朗自民党総務会長ら自民、社会、さきがけ3党代表団が訪朝◆
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1997.12.09 ◆韓・朝・米・中の4者会談の第1回会談開始◆
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1997.02.25 ◆金大中大統領就任。(親北朝鮮政権)◆
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1998.06. ◆国籍法改正施行→父母両系血統主義(22歳まで二重国籍可能)◆
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1997.08.31 ◆北朝鮮、テポドン発射実験◆
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1997.09.05 ◆金正日総書記、国防委員会委員長就任◆
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1997.10.27 ◆鄭周永現代グループ名誉会長訪北、牛501頭支援および金正日に面談◆
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1998.11.18 ◆第1次金剛山観光船、初出発韓国人の金剛山観光開始◆
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1999.03. ◆外国人登録法改正、指紋押捺制度は全面的に廃止◆
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1999.03.
◆日本海で不審船が領海侵犯、日本政府が初の海上警備行動を発令◆
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1999.03.16 ◆米朝会談合意◆共同声明=政治・経済関係改善へ。
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1999.06.15 ◆南北海軍艦艇、西海(黄海)交戦◆
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1999.09.28 ◆南北統一バスケットボール大会開催◆
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1999.12.01 ◆超党派国会議員団訪朝→国交正常化交渉へ◆
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2000.01. ◆北朝鮮とイタリア国交樹立◆
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2000.01. ◆民族学校―朝総連系128校、民団系4校◆
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2000.03. ◆日本政府、北朝鮮に10万トンのコメ支援決定◆
世界食糧計画(WFP)を通じ北朝鮮に10万トンのコメ支援決定。
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2000.04.10 ◆平壤で約7年ぶりの第9回国交正常化交渉◆。
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2000.06.13 ◆平壤で初の南北朝鮮首脳会談◆
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2000.06.15 ◆南北首脳共同宣言発表。(6.15共同声明)◆
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2000.06.27 ◆第1次南北赤十字社会談◆
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2000.06.27 ◆韓国、日本の大衆文化の第3次開放策発表=歌謡公演、映画上映◆
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2000.07.29 ◆第1次南北長官級会談◆(ソウル)。
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2000.08.15 ◆第1次南第10回南北離散家族対面◆
(南北の離散家族、平壌とソウルで再会)。
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2000.08.22 ◆東京で、日朝国交正常化交渉◆
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2000.08.24 ◆朝総連副議長が民団中央本部を初訪問◆
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2000.09.15 ◆シドニー・オリンピック開会式で南北の合同入場行進◆
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2000.09.22 ◆朝鮮朝総連の初の「故郷訪問団」が訪韓◆
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2000.10. ◆日本政府、50万トンのコメ支援◆
世界食糧計画(WFP)を通じ、北朝鮮に50万トンのコメ支援決定。
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2000.10.20 ◆金剛山への日本人ツアー開始◆
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2000.10. ◆日本共産党と朝鮮労働党、交流再会に合意◆
党大会に朝総連幹部が来賓として参加。
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2000.12.11 ◆金剛山歌劇団、初のソウル公演◆
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2000.12.15 ◆金融再生委員会、金融庁は関西興銀、東京商銀、朝銀7信組を破綻処理へ◆
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2001.02.
◆朝総連議長の韓徳銖死去、後任に徐萬述が就任◆
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2002.05. ◆金正日の長男、金正男が日本に不法入国、国外退去処分◆
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2002.06. ◆金幸一帰国事業で朝総連を提訴◆
60年に北送、2年後脱北、現在ソウル在住。
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2002.09.11 ◆米同時多発テロ事件発生◆
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2002.11. ◆朝銀東京事件で朝総連元財政局長を逮捕、朝総連中央本部を強制捜査◆
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2002.12. ◆奄美大島沖で不審船(北朝鮮工作船)が巡視船と銃撃戦の末、沈没◆
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2002.01. ◆ブッシュ米大統領、北朝鮮など「3国」を「悪の枢軸」と非難◆
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2002.03. ◆警視庁、有本恵子さんを北朝鮮による拉致被害者と断定◆
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2002.04. ◆北京で日朝赤十字会談◆日本人「行方不明者」の本格調査実施で合意。
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2002.04.29 ◆韓日共同応援団◆サッカー日本代表チームを応援(国立競技場)
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2002.06.02
◆韓日朝共同応援団◆
W杯サッカー韓日大会(釜山)で韓国代表チームを応援。
(史上初の日本人、在日韓国人、朝鮮人による共同応援)
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2002.06.09
◆韓日共同応援団◆W杯サッカー韓日大会(大邱)で韓国代表チームを応援。
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2002.06.10
◆韓日共同応援団◆W杯サッカー韓日大会(横浜)で日本代表チームを応援。
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2002.06.14 ◆韓日共同応援団◆W杯サッカー韓日大会(仁川)で韓国代表チームを応援。
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2002.06.29
◆西海延坪島(ヨンピョンド)付近で南北交戦◆
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2002.08. ◆平壤で、日朝赤十字会談◆拉致問題進展せず。
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2002.08.
◆工作組織を新たに再編成、強化朝◆
朝総連の学習組み(対南工作員)解散を指示したといわれる 、
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2002.09.17
◆平壤で日朝首脳会談。平壤宣言に調印◆。
金正日、日本人拉致を認め謝罪。
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2002.09.05 ◆南北統一サッカー競技◆(ソウル)。
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2002.09.18 ◆京義線・東海線鉄道・道路連結着工式◆
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2002.10. ◆米国務省、北朝鮮が核開発を続行中と発表◆
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2002.10.
◆日本人拉致被害者5人が、日本に帰国◆日本政府、日本人拉致被害者5人の
日本永住を決定。平壤で新聞、テレビが横田めぐみさんの娘にインタビュー。
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2002.10.
◆韓、日、米の共同声明◆
北朝鮮に核開発放棄、拉致問題解決などを求める韓、日、米の共同声明。
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2002,11. ◆北朝鮮への重油供給を停止◆すると米国が発表。
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2002.12.
◆ミサイル運搬船を米国が臨検◆北朝鮮がイエメンに輸出。
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2002.12.12 ◆北朝鮮が「核凍結の解除」表明◆
国際原子力機関(IAEA)に核施設5カ所に対する封印と監視カメラの撤去を要求。
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2002.12. ◆北朝鮮、IAEA査察官に国外退去命令◆
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2003.01. ◆北朝鮮工作員に逮捕状◆久米裕さんが拉致された事件で、
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2003.01. ◆在日朝鮮人工作員逮捕◆万景峰号を使ったスパイ事件で、
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2003.01. ◆北朝鮮、核拡散防止条約(NPT)脱退を宣言◆
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2003.01. ◆盧武鉉大統領に就任◆
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2003.02. ◆原子炉を再稼働◆北朝鮮、寧辺の5,000キロワット級の
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2003.02.24 ◆地対艦ミサイルの発射◆(3月10日にも北朝鮮、日本海に向け発射)
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2003.05. ◆万景峰号でミサイル部品密輸◆
北朝鮮ミサイル技術者・李福九、万景峰号でミサイル部品密輸事実を米上院で証言
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2003.06. ◆万景峰号、新潟港入港中止◆日本政府、北朝鮮船舶に対する監視体制強化。
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2003.08. ◆6者協議開始◆韓・日・米・中・ロと北朝鮮
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2003.10 ◆金容淳死去◆北朝鮮の対日、対韓交渉責任者、
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2004.02. ◆経済制裁が可能となる◆外国為替法成立。日本独自判断で可能。
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2004.04. ◆米国、北朝鮮を改めてテロ支援国家に指定。拉致事件明記◆。
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2004.05. ◆平壤で第2回日朝首脳会談◆
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2004.06. ◆北朝鮮船舶入港拒否が可能となる◆特定船舶入港禁止法成立。政府の判断で
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2004.06. ◆米大統領、北朝鮮人権法に最終署名◆北朝鮮への圧力、脱北者支援などを明記
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2004.11.
◆韓国、ニューライト設立◆(新保守市民団体)
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2004.12.20 ◆6.15北、南、海外共同行事北側準備委員会結成(平壌)◆。
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2005.01. ◆支払いを命じる判決◆東京地裁、朝総連と東京朝銀元役員に7億5000万円
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2005.01. ◆6.15中国、独立国家共同体、カナダ地域、在米地域、南側の各委員会結成◆
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2005.02.26 ◆6.15日本地域準備委員会結成◆(朝総連、韓統連の代表らで構成)
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2005.03.01 ◆6.15海外側準備委員会結成◆
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2005.03.04 ◆6.15北朝鮮、南朝鮮、海外側準備委員会結成◆
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2005.05. ◆米国、北朝鮮などの大量破壊兵器拡散関連企業の在米資産凍結◆
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2005.09. ◆北朝鮮のマカオの匯業銀行と米金融機関の取引停止措置◆
北朝鮮の資金洗浄に関与した疑いで、
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2005.10. ◆経済活動全面禁止米国◆
米国、北朝鮮の8企業が大量破壊兵器拡散に関与したとして、司法権が及ぶ範囲で、
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2005.11. ◆支払を求め提訴◆
整理回収機構、朝総連に対し朝銀の不良債権のうち6628億円
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2005.12. ◆総会決議採択◆国連総会、北朝鮮の人権状況を非難
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2005.12.10 ◆6.15共同宣言実践民族委員会に改名◆
6.15北朝鮮、南朝鮮、海外側準備委員会の名称を
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2006.02.24 ◆民団の歴史は変わった宣言◆と河丙ト新団長、記者会見で発言。
また、朝総連との統合との見出しで毎日新聞が報道。
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2006.03 ◆母国訪問団中止、脱北者センター停止◆民団中央本部常任委員会で極秘決定。
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2006.03 ◆在日本朝鮮大阪商工会などを家宅捜索◆。警視庁公安部、原さん拉致事件で
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2006.04. ◆減免措置見直しを勧告◆ 総務省、各都道府県知事に朝総連の
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2006.04. ◆北朝鮮の金桂寛外務次官が来日◆ 朝総連の南昇佑副議長と面談
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2006.04. ◆(仮称)人権センター設立発起人会を発足・非公式◆
民団河丙ト団長により機密事項として母国訪問団、脱北者支援センター活動停止
事実を確認した民団有志らが非公式に集い。発足した。
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2006.04. ◆民団が6.15南北共同宣言の共同事業に参加表明◆。
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2006.04. ◆民団が6.15共同宣言実践日本地域委員会に加入申請する参与提議書提出◆ 民団組織に告知せず、極秘裏に朝総連、統一運動局部長、韓統連事務総長等の務幹部と機密
面談、韓民統(現韓統連)、朝総連との統合組織、工作組織である『6.15共同宣言実践日本地域
委員会』に加入申請する参与提議書を河丙ト民団中央本部団長名で提出。
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2006.05.17. ◆朝総連中央本部を電撃訪問、「朝総連、民団5.17共同声明」を発表◆ 河丙ト民団中央本部団長、在日同胞と民団各級組織に告知、審議せず了解も得ず極秘推進した
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2006.05.17. ◆中央団長糾弾と罷免運動拡大◆
河丙ト民団中央本部団長の規約違反行為と民団と在日同胞の生活と権利を破壊する【5.17共同声
明】の白紙撤回要求する声明、抗議文、民団正常化署名運動が開始され全国に拡大。
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2006.06. ◆脅迫、中傷、迫害事件◆
5.17共同声明反対と中央団長罷免を要求する民団有志に、弾圧が相次ぐ。
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2006.06. ◆6.15南北共同事業の参加を撤回◆ ◆【5.17共同声明】の白紙撤回◆
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2006.07.05 ◆北朝鮮、7発のミサイル発射◆
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2006.07.05 ◆日本政府、安全保障会議で対北朝鮮措置決定◆
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2006.09.21 ◆臨時大会で新執行部選出◆
河丙ト団長辞任により民団中央民団臨時大会開催、
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| ff2007.01. ◆6.15支持勢力の拡大活動、再始動◆ |
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2007.03.07 ◆NPOピープルリンク内に在日コリア問題研究所設置◆
ホールケイン「民衆は真の主権者である。その主権者を圧迫する階級こそ反逆者ではないか」
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2006.06.15 ◆統一日報社、時局講演会開催◆。
韓国の政治状況と親北朝鮮勢力のあやまち、対南赤化工作である6.15共同声明の実態など
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2007.07.27. ◆北朝鮮民主化委員会が創立◆(委員長:黄長Y・元労働党書記)
http://www.peoplelink.jp/
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