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第十八号収容所にいた脱北者が証言している。
日本に帰りたいと騒いだ者は第十八号収容所に多く収容された。収容所での在日は最低階級に置かれ、余りに悲惨であった。殆どが餓死か病死した。
一九六十年代は騒いだ在日を煮えたぎる油窯の中に、生きたまま放り込み殺した。
口封じの見せしめの処刑であった。皆恐れて震えあがり何も言わなくなった。
これが北政権の粛清だ。誰も逆らえない。公開処刑は九〇年代に金正日総書記の特別指示で全国的に行われた。公開処刑は住民らを集め行われるが、家族が見ている中で行われることもある。
これも見せしめの処刑である。住民達の口封じだけでなく、服従させるためである。
中には満席の競技場で公開処刑をすることもある。最近は公開処刑の代わりに国家安全保衛部の地下刑務所等での拷問と秘密処刑が増加している。
一九五九年から在日と日本人家族が北送されたが、北朝鮮に着いて騙されたことに気付き「日本に帰りたい」と北政権当局に訴えた在日がいた。その北送拉致犠牲者は収容所に送られ、残虐な手法で処刑された。北送当初に約半数が粛清されたと思う。
残った人間は生きるため黙って苦しみに耐えている。処刑の恐怖と極寒の凍土、冷酷で非情な無処遇に耐え、拉致犠牲者は悲しみと恨みを堪え、必死に命を繋いでいる。
不満を云ったチェポたちは監獄に入れられた。そして消息不明になった。
彼らは収容所で病死か自殺か処刑され死んだと思う。とにかく帰国者たちの多くが、話にならないほど逮捕(拉致)され監獄に入れられ粛清された。資本主義社会で生活していたチェポが自由のない北朝鮮で生活することは、はっきり無理だ。
ある乞食生活をしていたチェポは、日本から送ってきたお金と物資でカレーライスやコロッケ等の日本食の食堂を始めて、お金を儲け金持ちになった。
そのチェポの父親が従業員とセックス・ビデオを見たということで逮捕された。
従業員の一人が告発したそうだ。この従業員は秘密情報員だと思う。
当局らがチェポの財産を搾取する工作だと思う。北の当局者による計画的な財産搾取工作だ。裕福なチェポたちは利用価値が無くなれば罪を捏造され、ある日突然、逮捕され、監獄で拷問された挙句、残酷に処刑される。
財産は全て当局者の懐に入る仕組みになっている。
北当局者の不正腐敗は悪の限りを尽くす犯罪集団より酷い。
チェポを金の生る木だと思っている。若者や働ける中年世代が病気で死んだとか、酒を飲みすぎて死んだとか、消息不明や行方不明者は間違いなく殆どが処刑された人たちだ。現実に不満を言って逮捕され監獄に入れられたチェポをたくさん知っている。
チェポは人民保安署(警察署)、国家保衛部(秘密警察)、党機関の三重監視という当局の差別政策で精神的な束縛を受けている。元山にチェポが最も多く住んでいる。
一九九三年〜一九九四年頃に金正日がチェポたちの不法行為を厳重に処分するよう指示し、大々的な検閲捜査が行われた。私は在日の約四十名が公開銃殺されるのを目撃した。死刑判決を受けたチェポが公開処刑される現場を三度、直接目撃した。
在日は北にいるチェポの人権侵害問題を情報公開すべきた。なぜ何も言わないのか。
なぜ在日は行動しないのか。なぜ北政権と朝鮮総連を糾弾しないのか。
理解できない。なぜ在日はチェポを見捨てたのか、忘れたのか。
今真剣に考えなければならないことは、人権を奪われた犠牲者を一日も早く救済することである。普段の貧しい生活で妻や子供達が、親が…骨と皮にやせ細り…涙を流しながら死んでいった。
知人や近所の家族で餓死する寸前の人が自殺していた。
北の貧しい家庭では、家族の食いぶちを減らすために「金正日を殺してやりたい」と怨嗟の声を内に秘め、自ら進んで自殺する者がいるという。ここにいる脱北難民は捕まって拷問されても、殺されても歯噛みして、家族を餓死させないために脱北した。
稼いだ金を北にいる家族に送るしか北にいる家族を食べさせることができない。
軍人も党員も食えなくなり始めた。
今の軍人の半数近くが栄養失調だ。不満を持つ軍人は三、四割ぐらいになるだろう。
在日は、北の実情を知らない人々に、私達の訴えを伝えてほしい。
在日は北政権を支援する罪を犯してきた。
今度は北朝鮮人民を助けるため対北支援を永久に中止すべきだと世界に訴えてほしい。国連が経済制裁を発動し、韓日と在日が厳しい経済制裁を行えば北政権は崩壊する。金正日ファミリーは急ぎ海外に逃亡する。
そうなれば北朝鮮は解放される。自由統一するしか解決策はない。
北政権の命綱である在日が行動を起こさないことには何も始まらない。
在日と日本人家族を北朝鮮に送ったのは誰なのか、知らないでは済まされない。
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