半島収容所の中の監獄収容所

世界の市民が想像する収容所とは、高い塀がある刑務所を連想するであろう。
 だが北朝鮮の収容所は、三十八度線以北の北朝鮮全土が収容所なのである。
 常に監視員(保安署、保衛部、当局機関)に監視され、住居の引っ越しも他地域への移動も職場も全て当局が決定し、個人の意志では何も決められない。
 自由と人権がないこと自体が収容所の生活である。
 この北朝鮮の中の収容所を北朝鮮人民はカモッ(監獄)と云っている。
 即ち半島収容所と監獄収容所は共に収容所なのである。収容所に入れられることを拉致と云わずなんというのであろうか、北朝鮮では各地域の生活と監獄の生活は酷さの違いだけで、基本の厳しい監視体制は同じなのである。
 
 脱北難民が監獄収容所に関して語ってくれた。
 韓国の人や在日が北の収容所に入れば数か月も生きていられない、皆死ぬだろう。
 韓国や日本の刑務所を勝手に想像して比較するから理解できない、全く違う。
 日本や韓国の刑務所は罪を犯した人が罪を償うところだ、罪を償えば出られる。
 政治犯収容所は餓死、病死、拷問死、死刑で殆どが数年以内に死ぬ墓場だ。
 公開処刑等の処刑方法として絞首刑(こうしゅけい)銃殺刑(じゅうさつけい)が使われている。
 公開処刑も行われている。北朝鮮は全国土が収容所であるが収容所半島の中の収容所(監獄)は、集結所、労働教養所、教化所、管理所(政治犯収容所)、秘密監獄、労働鍛錬(たんれん)隊、精神病院である77号予防院(政治犯収容)韓国や日本から拉致した人物用の施設もあるといわれる。
 とにかく様々な強制収容所があり新設置の秘密収容施設も存在するといわれる。
 これらの収容所で命を落とした「拉致犠牲者」は何人になるのであろうか。
 何十万人、何百万人なのであろうか。
 被収容者のレベルは1から3まで存在する。1が最も量刑が重い。
 最も軽いレベル3でも一日に数百グラムの飼料用穀物と塩が数グラムだけ配給されるという。
故に生き延びるためにネズミや虫を捕らえタンパク質を補給しているという、管理所は政治犯収容所であり革命化区域と永久に出所できない完全統制区域に分けられる。一日わずかな飼料用トウモロコシと塩少々のみ配給される。

 
 どちらに収容されても無事に出所できる確率は非常に低い。
 収容所に入れば死ぬ覚悟が必要だ。だから収容所では如何に生き延びるか、それが闘いである。
 
 多くの管理所は共和国秘密警察である国家安全保衛部・第7局(農場指導局)や保衛部の他の部署一般の警察にあたる人民保安省(旧称:社会安全部)の管轄(かんかつ)にあたる管理所がある。
 
在日と日本人が多く収容されている特殊な管理所もある。
 収容者の殆どは国家安全保衛部によって秘密裏に逮捕・拘束監禁され、管理所へ連行される。

 ある日突然、当局者に襲われ問答無用で強制的に連行され監禁されるのである。
 北朝鮮では拉致は日常茶飯事なのである。

 国家が誘拐犯罪を平気で行っているのである。
 
 粛清される者には形式的にも裁判は行わず、まして抗弁、弁護等は認められない。北当局の判断が全てを決定する。悪質な誘拐犯に拉致され全く抵抗など出来ない状況と類似している。一日の労働は約十二時間、男女の差なく罪状により果樹園・炭鉱・森林伐採・採石等の重労働に課せられる。 過労で病死する者、餓死する者が続出した。
 労働ノルマを果たせない者には更に重い労働を徹夜で行うか、その場で銃殺されることもまれではない。
 また女性収容者の性的虐待は想像を絶する。

 収容された者、いわゆる反動分子の生殺与奪は係官の思うがままであるという。
 収容者が多く早く死ぬのは大歓迎であるということのようだ。
 特に最近は収容所が過密状態で早く死ねというのが本音であるという。
 収容者は男女を問わず秘密警察である国家保衛部員の怒りに触れると死に至るまでの暴力・拷問を受ける。
 管理所の内部では国家保衛部員の気まぐれな公開処刑も頻繁に行われている。
 収容者達は連座制反動分子を増やさぬために、基本的には親子・孫の三代までが収容、または僻地への追放処分となる。
 従兄弟・叔父・叔母も連座制で収容されることも珍しくない。
 妊婦の場合は反動分子の子孫断絶という理由で強制堕胎、又は出産後に生きたまま窒息(ちっそく)させるか、殴り殺してしまうこともあるという。
 過酷な環境であるため管理所の革命化区域の平均的収容期間は僅か数年間でしかないという。死亡原因は不衛生な環境と(いちじる)しい栄養失調で収容中に病死する者、また重労働による事故、自殺等である。当然処刑される者も多い
  収容所は粗末なバラックが何棟も並んでいて鉄条網で囲まれている。
 国家安全保衛部の主たる任務はスパイや反体制派の摘発(てきはつ)であり、北朝鮮全土で人民を監視し国外でも中国の東北地方、香港マカオ等でも活動し、脱北難民の摘発も行い、政治犯を収容する管理所の管理業務も行っている。
 
 一九七三年、内務省(本書P166を参照)に相当する社会安全部から、政治犯の取り締まりを専門とする国家政治保衛部が独立した。この国家政治保衛部を通して、反体制派を粛清し、住民が反抗できないようにするため北朝鮮の社会全体に恐怖感を募った。保衛部は恐怖政治の執行担当者であり北朝鮮の人民が最も恐れる秘密警察であるという。

 完全統制区域は終身刑に処せられた者たちの終(死)の棲家(すみか)である。

 服や靴は自分たちで調達しなければならない。
 収容者の栄養状態は極端に悪く、雑草やネズミや虫を食べる事が日常化している。
 病気に罹った収容者は治療は施されず通常の居住区から離れた隔離(かくり)屋で死を待つ。
 死ねば、そのあたりの穴や畑に適当に埋葬(まいそう)されるか動物の(えさ)にされることもある。
 逃走を図った者は直ちにその場で射殺される。
 
 規則違反に対しては公開銃殺のほか監視官の徒手格闘術の訓練台にされる。
 棍棒(こんぼう)で執拗に殴打されるといった罰が用意されている。規則違反とは食べてはならぬときに食べた。
不正に運動をした等の些細(ささい)なミスであるが、この些細なことで収容者は銃殺等か何らかの罰を受け死ぬ運命に(みちび)かれる。罪をねつ造して処罰する、ここは病死、事故死、過労死、自殺、処刑等の巨大な死刑場と云える。

 第25号管理所(咸鏡北道清津市
)、第26号管理所(平壌市勝湖区域貨泉洞)は政治犯本人を収容するためのもので監獄形態をとり、他の管理所以上に拷問が頻繁に行われている状況である。

 金正日の一九七0年代からの粛清は、金成柱の粛清を遥かに(しの)壮絶(そうぜつ)なものであった。 世襲への反対者と家族、親近者は勿論、金成柱のブレーンたちも含めて目障(めざわ)りな者は全員、無慈悲に拉致粛清した。それをマグチャビ(根こそぎ拉致)という、北朝鮮全土を席巻し、恐れられていた。
 
 そのため両親を亡くしたコッチェビ(孤児)が巷に溢れている。

 国際社会の非難を回避(かいひ)する目的で、コッチェビ(孤児)を収容所等に強制収容しているが、次々と新たなコッチェビ(孤児)が出てくるといわれる。
 痩せ細った孤児たちを何処に連れて行って、どのような環境に置いているのか。
 この子供たちは生まれた時から地上の地獄という収容所半島に監禁され、身も心も引き裂かれる虐待、拷問を受けている。
 果ては如何なる運命がまっているのか、拉致犠牲者の苦痛と失望を思うと…。
 路上で次々餓死するコッチェビ(孤児)たちを、誰が助けてあげられるのか、拱手傍観していてはならない。金正日は、この子供たちを蚊や昆虫やいウジ虫のように扱っている。
 コッチェビの人権を誰が回復できるのか、人間であるならば考えるべきである。